突然だが私、赤星瑠依には好きな人がいる。
彼の前に立てば緊張してろくに話もできないし、彼の姿を見るだけでその日一日がとても楽しい。
彼、手塚国光の前での私は、柄にもなく典型的な恋する乙女だった。
「なんで手塚君はあんなに格好いいの!?」
「それは直接本人に言いなよ」
昼休み、私の言葉をあっさりと返してきた不二は、私が手塚君を好きだと知っている数少ない友人の一人だ。どうやら今日の興味対象は『私<本』のようで返事が投げやりだ。
「言えたら苦労しないわよ」
がっくりとうなだれる私に、不二が本から目線を外す。
「今日も教室から練習見てくの?」
「…悪い?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
「テニス部員としてはやっぱりこういうの迷惑?」
「僕は別に構わないよ。手塚も気づいてて何も言わないみたいだし」
「え、嘘、手塚君知ってるの!?」
「でも、嫌がってるようには見えなかったから、今日の見学も大丈夫だと思うよ?」
「…不二ってエスパー?」
「瑠依が顔に出やすいんだよ」
クスクスと笑う不二が憎らしい。女の私より綺麗だから更に苛ついた。
「何でみんなこんな奴が好きなの?趣味悪いんじゃない?」
「褒め言葉として受けとっておくよ。ありがとう」
赤くなる顔をごまかすように席を立ちながら吐いた捨て台詞も、不二の笑顔の前ではまったく意味を為さなかった。
放課後、生徒がいなくなった教室からテニスコートを見下ろして呟く。
「…不二はああ言ったけど、手塚は見られてるのとか嫌だよね」
『手塚も気づいてて言わないみたいだし』…昼の不二の言葉がずっと耳から離れなくて授業も手につかなかった。
手塚君はきっと女子に直接注意に行かないだけで、快く思っていないのだろう。
彼の邪魔になるならここからコートを見るのは今日で最後にしなければならない。
「好きなのに、な」
直接伝えられない言葉に小さく溜め息をつき、せめて姿を目に納めようとじっと集中して手塚君を探す。
「…まだ来てない?」
すでに部活は始まっているが見当たらず、疑問に思っている時だった。
「赤星?」
突然、後ろから名前を呼ばれた。
驚いて振り向くと、そこには探していたはずの姿があった。
「て、手塚君!?」
「やはり赤星か。一人で何をしていたんだ?」
そう言いながら近付いてくる手塚君。まさか貴方を探してました、なんて言えない。
「手塚君こそ、部活は?」
「生徒会の召集がかかっていて、今戻ってきたところだ」
すると手塚君は先程の私の視線の先がテニスコートであると気付き、納得したように呟いた。
「不二か」
「…は?」
何故今ここで不二?手塚君の意図が読めず、つい聞き返してしまった。
「不二を見ていたんだろう?」
「え、どうして?」
「不二のことが好きなんだと思っていたが」
「ち、違うよ!」
私が好きなのは貴方です、と言いたいけれど、勇気がでない。でも、手塚君にはそんな誤解をしてほしくなかった。
「不二は友達だから、そういう感情はないよ」
「しかし先程言ってただろう、好きだと」
伝わらない思いがもどかしくて、苦しかった。
「赤星?」
「不二じゃない。私がずっと見てたのは………手塚君だったんだよ」
言ってからはっとした。私、今何て言った…?
手塚君を見ると、僅かに目を見開いていた。
そして自分が何を口走ったのかを理解した瞬間、顔に熱が集まる。
「い、いや、これは違くて、いやその好きだからつい…ッじゃなくて、だからえっと」
口を開けばその分墓穴を掘っている気がする。自分でも何を言ってるのか分からなくなって、頭はショート寸前だ。
「だから、えっとその、そう部活!部活頑張ってね、じゃあ!」
「赤星!」
後ろから呼び止める手塚君の声を無視して教室を飛び出す。
あああああ、馬鹿!私の馬鹿!
自分のことで精一杯だった私は気付かなかった。教室に残された手塚君の顔が赤いことに。
翌日、登校してきた私が手塚君に告白されるのは別の話。