今日は俺の誕生日で。
みんなに祝ってもらって、すげー嬉しいんだけども。
俺が一番に祝ってもらいたい奴には今日まだ一度も会ってなくて。
なんだか複雑な気分だ。
授業中、俺は授業そっちのけで小林のことを考えてた。あいつとはクラスが離れてて、会って話せる機会は委員会の時だけだ。その委員会のときに今日が誕生日だって、言った気がするんだけどなー。少し前のことだったから忘れちまったのかもしれない。あーあ、あいつに一言おめでとうって言ってもらいたかったな。そしたら俺、めちゃくちゃ幸せになれんのに。
「向日ー、何ため息ついてんだー。そんなに憂鬱ならこの黒板の問題解いてみろースカッとするぞーガハハ」
「げ…」
ガハハじゃねーよ!意味わかんねーなこの先生。スカッとする訳ねーだろ。つーか、話聞いてなかったからわかんねーー。
「やっと終わった……」
今日の一段とだるい授業は全部終わった。その間の休み時間ももしかしたらと思ってそわそわしていたけれど、あいつが来ることはなかった。望みは部活の時か、そう思った途端思い出してしまった。今日はオフであることを…。
あー、クソクソ!なんで今日は水曜日なんだよ!とことんついてねえじゃん。とうとう俺が学校に残る理由が無くなってしまった。すなわちもう祝ってもらえない。まあ、忘れてんだったら待っててもしょうがねえけど。
「…帰るとするか」
俺は後ろ髪をひかれる思いで学校を後にした。あんまり気にしてんのも格好わりいよな。
「お、岳人じゃねーか!」
「おー宍戸。どしたー?」
「今日部活オフだろ?だからよ、今から打ちに行かね?」
「おまえテニスばっかだなー。何のためのオフだよ」
「べ、別にいいだろ!」
ま、テニスするのも悪くねえよな。よし、やるか!
「仕方ねえから付き合ってやるよ。つか鳳は?」
「なんだそれ。まあ、いいや。長太郎は家の用事らしいから来ねえぜ」
「ふーん」
「久々にふたりで打てるなー。あ、そういや誕生日だったな!おめでとう」
「ついでかよ」
宍戸は小さく笑った。だから俺はなんとなく宍戸の背中に蹴りを入れておいた。なんかちょっと、宍戸のおかげで気分が上がった気がした。
「付き合ってくれてありがとな!」
「おー、なかなか楽しかったぜー!んじゃまた明日な」
「じゃあなー」
二時間程テニスをした俺たちは宍戸の家の前で別れた。俺の家はこのまま真っ直ぐ行ったところにある。所謂ご近所さんだ。
それにしても腹減ったなー。今日の晩御飯なんだろかー。唐揚げなんじゃねー!あーテンション上がってきた!!早く帰ろー!
「ん?」
家が近くなってきたことだし、ダッシュして帰ろうと思った瞬間、俺の家の前に誰かがいるのが目に入った。向こうは俺に気づいてないようだ。ジーッと目を凝らす。…え、もしかして。
俺は早歩きでその人物に近付く。近付くに連れ、その人物は俺のおもっていた人になる。
「小林?何、してんの…?」
「あ、…向日。えっと…、おかえり」
「お、おう。…ただいま」
ってなんだよこの会話!夫婦か!……夫婦。いいな。
「ごめんね、こんな…家の前で待ってるとかしちゃって…」
「いや、それは全然いいけどさ。…むしろごめんな。すげえ待っただろ」
「ううん!謝らないでよ!あたしが勝手にしたことだし。あ、あのね、」
「うん…」
右へ左へ下へとあちこちいってた小林の目が、ゆっくり俺を見る。ゆらゆら揺れるその瞳を俺もじっと見る。油断すると心臓が逃げてしまいそうだ。
「向日、…誕生日、おめでとう!あの、これ私からのプレゼント向日食べたいなって言ってたからケーキ作ってきたのたぶん不味くないから食べて!」
「お、おう。早口言葉みたいになってたぞ」
「き、気にしないで」
「でもサンキューな!俺、すげー嬉しいぜ!覚えててくれてたんだな」
俺は口元がにやけてしまうのを我慢せずにそのまま笑った。
「でもさ、学校で渡してくれりゃ良かったのに。あ、でもケーキか」
「それもあるけど、それだけじゃなくて…」
「ん?」
「大勢の中のひとりじゃなくて、ちゃんとあたしだけを見てほしかったの…。だから…その、上手く言えないんだけど」
はあ、なんだよそういうことだったのか。嬉しすぎるだろ。今なら宇宙へでも跳んで行けそうだ。てゆーか、そんなこと考えなくてもいいのに、そう思ったら笑えてきた。
「ハハ、んなの、言われなくてもおまえしか見てねーから」
そう言うと小林は目をまんまると大きくした。そんなに驚かなくてもいいだろ。
「え…、なんで」
「なんでってそりゃ、…おまえが好きだからに決まってるだろ」
俺が笑ってみせると、小林は震えながら可愛い笑顔を見せてくれた。
幸せだ。
2012.09.12 happy birthday 向日岳人