「もうこの学校でワックスかけるのも最後だねー」

「だねー、寂しくなるねー」


私と隣にいる菊丸英二はワックスがけの常連である。今はプロ並み(ワックスがけにプロなんてないだろうけど)の上手さだと自負している。たぶん彼もそう思ってるだろう。


「中学1年の頃は慣れないからよく転んでたよね」

「あれはね、俺のアクロバティックでもダメだったね」

「あのときはほんとに面白かった!」

「フツーだったら宙返りしてきれいに着地だったのー!」

「着地するまでは格好良かったのに、着地してまた滑るんだもん!笑っちゃうよ」

「むー!仕方ないじゃん!」


ぶーぶー言いながらほっぺを膨らまして拗ねている菊丸は、本当に中学3年生なのだろうか。…でもそれが似合うんだし、まあいっか。


「ま、それがきっかけで仲良くなれたし、別にいいけどさ」

「そういえばそれがきっかけだったね」


菊丸はバケツに入った残りのワックスをからっぽの教室にまいた。ああ、もう終わっちゃう。私の大切な時間がひとつ。もう二度とこの時間は来ない。菊丸と繋がっていられる時間。少しでもいいから長く続いてほしい。


「…ねえ、菊丸」

「イナバウアー♪」

「えっ、ちょっと何してんの!せっかくそこワックスかけたのにー!」


塗りたてのワックスの上を滑りながらイナバウアーをする勇気とチャレンジ精神は認める。けどまたかけ直さないといけないじゃん!時間がかかって仕方がな、い……。もしかして、……まさかね。私の気持ちが菊丸に知られているはずない。たまたまだよね。





「ほらほら早くかけないと家に帰れないぞー」

「私関係ないよね?菊丸が汚したんだよね!」

「二度塗りした方がきれいになるんだヨー」

「その"ヨー"って何よ、もーう!…今日で最後だからめちゃくちゃきれいにしてやるけど!」

「ようし!俺も頑張っちゃうもんねー」


今日二度目のワックスがけ。ワックスをバケツに補充して、黙々とやり始めた私たちはやっぱりプロだと思う。


「なー、ひとつぶっちゃけてもいい?最後のワックスがけの記念に」

「んー、意味わかんないけどいいよ」


私は耳だけ菊丸に向けて最後のターンをした。


「俺さ、ずっと好きなんだよね」

「何がー?」

「…わかんない?」


菊丸が私の持ってるモップの柄を掴んで私の動きを止めた。まだ途中なんだけど止めないでよー、そう言おうとしたけどやめた。だって菊丸の目、真剣なんだもん。やっぱり中学3年生だ。ううん、もっと大人っぽく見えた。こんなギャップ、反則だよね。



「…き、菊ま」

「俺らいつの間にか公認のワックスがけ係みたいなのになってたよね。たぶん俺らとクラス一緒になった奴ら、ワックスっていう存在を知らないんじゃないかにゃ?」

「ふふ、それはないでしょ」

「ああー!違う!俺が言いたいのはそんなんじゃなくて、放課後も2人でずっと居れたのが嬉しかったってこと。ワックスなんてそんなにしょっちゅうするもんじゃなかったけど」

「……うん」

「でもそれももう終わっちゃうじゃん」

「……」

「だから俺の、……」


菊丸が泣き出しそうな顔で私をゆっくり見た。さっきまでは窓の外を見たり、モップの先を見たりとせわしなかった。私も一緒だから言えないんだけど。
けれど今はお互いの目と目が離れない。離してはいけないと思った。


「……俺の」





自惚れても、いいのかな?






「俺の彼女になってください。…そしたら、今までよりもずっと一緒に居れるよね」

「…っうん。私、菊丸の彼女になりたい」




ワックスからの出会いはワックスで幕を閉じた。それが私たちらしいんだろうなとか思ったり。


菊丸が喜んで跳ねて最後の最後に足を滑らして転けたのは秘密。



企画サイト:schooool!様 提出
ありがとうございました(^O^)

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