この状況。
誰か終わらせてください。
「……あの、」
「ん?」
ここは教室。そろそろきれいなオレンジでいっぱいになりそうな時間。
くちゃくちゃとガムを噛みながら私の目の前にいるのは同じクラスの丸井ブン太くん。私の前の席で椅子にまたがって座っている。
私はというとさっきまでこの教室にひとり、時間も気にしないで日誌を書いていたところ。なのに急に丸井くんが教室に入ってきて私の前に黙ったままいるものだから、どうすればいいのかとあたふたしてしまった。
「…えと」
「あ、わりィ。くちゃくちゃうるさかったよな」
そ、そうじゃないんだけど…。しかし丸井くんはそれが原因だと思ったみたいでガムを紙に包んでごみ箱へ投げ捨てた。そしてそれはごみ箱に入ったらしく、天才的とガッツポーズをしては私を見て自分の口をおさえた。
私が日誌に集中出来ないのは、丸井くんがうるさいとかそんなんじゃないのに。丸井くんが私の書いてる方の手をじっと見てるからなのに。私が丸井くんを好きだからなのに。…そんなの気がつくはずないよね。
「小林ってさ、字きれいだよな」
「そ、そんなこと…ない、よ」
急に丸井くんは頬杖をついてそう言うものだから、私は顔を伏せた。そうでもしないと心臓が壊れてしまいそうで。丸井くんが喋れば丸井くんの息が私の髪にかかる。近い。近い。書く手が震える。もう字なんて書けない。あつい。帰りたい。でも、このままそばにいたい。
「…髪、すげーいい匂い」
「―――っ」
私はいつの間にか席を立っていた。椅子は後ろへ転けてしまっている。丸井くんは目を見開いていた。それから、しまったという顔もしていた。
体中があつい。きっと顔も真っ赤。どうしよう。恥ずかしすぎる。
「丸井くんっ、部活は?」
やっと出た言葉がそれだった。丸井くんの目が見れない。全部が、見れない。
「…部活より、もっと大事なことがあるんだ」
「それだったら早く…」
丸井くんがゆっくり立ち上がって私に近づく。私は動けなかった。言おうとした言葉も出てくることはなかった。
「一回しか言わねーから、ちゃんと聞いてて」
「…う、ん」
「俺…、おまえが好きだ。だから俺と、付き合ってほしい」
私は思わず顔を上げた。丸井くんの目とばっちり合った。今日初めてちゃんと目を合わせた気がする。お互いの目と目が離れない。まるで時間が止まったみたい。丸井くんが私の手をぎゅっと優しく握った。その顔は私と同じように赤く染まっていた。外のオレンジがそれを一層際だたせる。きれい。丸井くん、とてもきれいだな…。
「嘘じゃねえから…」
「あ……」
私は現実に引き戻された。今さっき丸井くんに告白されたんだった。でも、どうして私なの?あんまり話したこともないのに、私だけが見てたはずなのに。どうして丸井くんは好きだって言ってくれるの?
「…あのさ、やっぱしダメか?」
「え、ちが。違うの…」
上手く喉から声が出ない。ただ話すだけなのにすごく緊張してる。
「あの…、わたし丸井くん…」
どうしよう。上手くしゃべれない。このままじゃ何も伝わらないよ…。私はいつの間にか丸井くんの手をぎゅっと握り返していた。
「無理すんなよ?嫌なら別に…」
「嫌じゃないのっ…、た、だ」
丸井くんを前にすると緊張しちゃうんだよ。誤解しないで…。
「なっ、泣くなって。俺そういうのどうすればいいかわかんねーんだよっ」
「っ…、ごめん、ごめんね」
自分でも知らないうちに涙が出ることがあるんだ。私はこのとき初めて知った。でもそんなことより、早く泣き止まないと丸井くんが困ってる。自分の制服の袖で涙をごしごし拭いていると、丸井くんは慌てて鞄の中のタオルを取り出した。そして私の涙を優しく拭いてくれた。
「そんなんで目擦ったら痛いだろぃ?あ、これまだ使ってねーから汚くねえぞ」
「あ、ありがと…」
「……なあ、抱きしめてもいい?」
「えっ…」
「てゆーか、もう限界」
「ままま丸井くんっ!?」
うわ、どうなってるの!?私今、丸井くんに抱きしめられてる……。
私の視界も私の心も全部、全部丸井くんでいっぱいだ。私も丸井くんが好きで好きでたまらないんだよ。だから私も早く丸井くんに言わなきゃ。
「丸井、くん」
「ごめん!でも今だけこうしてたい」
「丸井くん、私もね…、すき」
「へ?」
私は少しだけ丸井くんとの距離を離して、恥ずかしいけど丸井くんの目を見てもう一度言った。
「丸井くんが、好きです」
「え、マジ?」
「マジ…だよ。嘘なんて、言わないよ」
「…ど、どうしよ。すげー嬉しいんだけど」
丸井くんはそう言って私を、今度はより一層ぎゅっと抱きしめてくれた。少し苦しかったけど、それよりも丸井くんに私の気持ちを伝えられたことの方が嬉しいから。私も丸井くんの背中にそっと手を回してみた。
「ほんと可愛い」
丸井くんは私の耳元でそう呟いた。胸の奥できゅうっと愛しい音がした。