「刻々と」
クロウは、俺がどこに居ても近くにいた。
俺が探さなくとも、朝目を覚ませば枕元に座っていた。
クロウが家族として自分の中に馴染むのに、時間は掛からなかった。
『刻々と』
学校から帰って来たとき、クロウは同じ縁側から庭を眺めていた。
俺が学校から帰って来たときは、変らず縁側に座っている。
だから、今日も同じように座っているのだと思っていた。
クロウの表情を窺うと、何かに思いを馳せるような表情をしていた。
それはどことなく切なそうな顔で。
幼い俺でも、クロウの様子がいつもと違うのが手に取るように分かった。
「クロウ、どうしたの?」
俺が恐る恐る声を掛けると、クロウはいつもと同じ表情で「おかえり」と一言。
「ただいま」そう答えると、クロウは再び庭を眺めた。
庭を眺めるクロウの表情は、再び切ない色を浮かべている。
俺は鞄を下ろし、クロウの隣に座った。
その時、クロウがこちらを見、口を開いた。
「遊星、お前いくつだ?」
「ぼく?……9歳だよ」
そうか。
クロウが答えたのはそれだけだった。俺に向けた瞳を、また庭へ向ける。
俺は首を傾げ、置いていた鞄を部屋に持って行こうと、その場を離れた。
綺麗な三日月だ。
クロウはずっと縁側に座っている。
いつもなら、部屋で俺と遊びながら夜を迎えていたが、今日は帰宅した後にクロウと少し話しただけ。
クロウは、縁側から一度も動いていない。
俺は少し心配になって、寝る前に再びクロウの隣に座った。
「どうしたの、クロウ?きょうはずっとここにいるね?」
クロウは、ゆっくりと視線をこちらに向けた。
いつも落ち着いた雰囲気を出しているクロウだが、今日は逆に消え入りそうなほど静かな雰囲気を醸し出していた。
そして、いつもよりも静かな口調で言った。
「お前には俺の姿が見える。でも、お前の両親には俺の姿が見えない。どうしてか分かるか?」
俺はよく分からず、その場で首を振った。
そんな俺の頭を、クロウはゆっくりと撫で始めた。
「それはな、お前が凄く真っ白な心を持っているからだ」
「まっしろ?」
首を傾げる俺に、クロウは少し笑った。
今日一日その表情を見てないだけだが、それが酷く懐かしく感じた。
「遊星は、人よりも純粋なんだ。俺みたいな妖怪は、そういう純粋な人間にしか見えない」
「じゃあ、ぼくはじゅんすいってこと?じゅんすいじゃなかったらみえないの?」
「あぁ。だから、お前は特別な人間なんだろうな」
その話を聞いたとき、俺はやっと胸のつっかえが外れた気がした。
俺がどれだけクロウと遊んでいても、両親は何も言わなかった。
それは、両親にはクロウが見えていなかったから。
クロウと外に遊びに行くときも、着物姿のクロウに誰も振り返らなかった。
俺はずっとクロウが見えていたからこそ、クロウが見えることが当たり前のようになっていた。
だからこそ、気にも留めていなかったのかもしれない。
「遊星、後一年と少し。沢山話そうな」
「うん」
俺が頷くと、クロウはいつもの表情で笑った。
あの時、俺は幼さゆえに気付かなかった。
否、無意識のうちに気付こうとしなかったのかもしれない。
クロウの言っていた「後一年」。
それは一般的に、子供の知識が発達する年齢に俺が達する残りの年月。
知識が発達するということは、沢山の事を知ってしまうということ。
故に、純粋無垢という部分を無くしてしまうということ。
クロウが見えなくなるまでの、残りの年月だということ。
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