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秋山とセプター4


しとしとと降り続ける雨は、窓に当たり下へと流れていく。
部屋さえ出ることが億劫になるこの天気は、仕事熱心な秋山にとっても好きになれないものだった。

「傘‥‥。」

短い距離だが、職場までの道のりは野外の場所があり、玄関先に置かれた黒い傘を見つめ、秋山はため息をつく。確かに気分は滅入るが、決して雨が嫌いなわけではない。

出勤の準備を整え、望みをかけながら部屋を出る。しかし外は変わらずどんよりとした空気のままだ。諦めが肝心と、傘をさして秋山は足早に職場へ急ぐ。
たった1、2分のほんのわずかな出番だった傘を、職場の玄関先で水気を切っていると、同僚の道明寺が同じように傘をさしながら駆け込んできた。

「あ、秋山。なあ俺の髪変じゃない?無駄にはねてないか?」

くるくるとウェーブのかかった髪をとかす様に撫でる道明寺に、他人からの意見を求められる。

「いや‥‥。いつも通りだと思うけど」
「そうか。うわ秋山‥‥お前後ろ濡れてるぞ大丈夫か?」

道明寺の指摘に秋山は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。



秋山氷杜は傘をさすのが下手だった。



今日のような雨の日は、誰しもテンションが下がるのだがその中でも秋山はまた別の意味で雨が嫌いだった。
最初に気付いたのは中学生にあがり、ランドセルから一般的なスクールバッグに変わってからである。雨の日に学校に行くと、教室に行く前にげた箱でタオルを取り出し背中等をあらかた拭きとらなければ、びしょぬれといっていいほどだった。

ランドセルが濡れてしまうのは仕方がない。自分の体の厚みと同じ程度の厚みが、自分の背中にプラスされるのだ、それを濡らさず自分も濡らさずに歩くことは至難の技だろう。
だがスクールバッグという、脇に挟んだりすればかさばらないものを使っていても、秋山はいたるところが濡れるのだ。


「おはよう」

あらかた濡れた部分を拭き終え、執務室に足を運ぶ。秋山の同室で早朝当番だった弁財が、手元にあるタオルを目にしてため息をつく。

「またか」
「また、だね」

困ったように眉を寄せる姿は、一見すれば笑い話にしようとしているのかと思われなくもないが、その場にいる全員が秋山が本当に困っていることを知っていた。
元隊長であり、仕事もそつなくこなす秋山は態度に難のある伏見の代わりに、淡島に同伴して様々な立場の人間のもとに赴くことがある。

しかしその時に雨が降っていればどうなるか。


玄関先でタオルを取り出し制服を拭くことは、セプター4の名誉のためにもできないためそのまま会談に進む。
話を進めるのは淡島であり、秋山はあくまで同伴なので多少濡れていても、誰も気には止めないのだが、それがびしょ濡れ状態で部屋の床に所々水たまりを作るようなら、話は別である。

そうならないようにと、雨の日だけは仕事に妥協を許さない淡島も、秋山の代わりに弁財や加茂などを指名して連れていく。


「皆は傘って後ろに傾けてさしたりする?」

始まったか、と隊員はひっそりと苦笑する。
雨の日に濡れて来る秋山は、次こそはと解決策を模索する。その小さな作戦会議に次々と人が集まり、最後には伏見の一括で自体が就職する。

「それをすると更に背中が濡れないか?」

どんな状態のことを言っているのか、想像した弁財が反論する。

「そうか‥‥。じゃあ傘を持つ手は右手として、右側よりにもつか真ん中で持つの、どっちがいい?」


今度は傘を持つ手の位置について、ジェスチャーをつけながら秋山は問いかける。
話に参加していない人間も、自分が傘をさす場面を想像して傘を持つ場所を考える。


「俺、どっちかというと真ん中」

トイレの鏡でもう一度髪の毛のセットを確認してきた道明寺が話に参加する。
その声を皮切りに、小さな声から大きな声まで自分はどこ派だと大ぜいが口にする。

「俺右っすね」
「僕は左手で持つので左よりです」

など、一つ一つ耳を傾ければ、人それぞれこだわりとまではいかなくても、差し方は同じなようで同じでないようだ。

「秋山今度さ、大きいの買ったら?この前俺番傘見かけたんだよ、あれ差したらいいんじゃね?」

突拍子もない道明寺の発言に、全員が一瞬言葉を忘れ、秋山が番傘を差した姿を想像する。

隊服のベストの紺に近い蛇の目の番傘を差す秋山は、アンバランスすぎてどこかおかしい。
本人も想像したのか、口元がひきつっている。言いだした道明寺に関しては腹を抱えて笑っている。


「赤系の傘だったらまだ‥‥。いやでも俺達青のクランズマンだし」

ワインレッド系の番傘なら、まだ救いがある気がしたが自分たちの立場を思い出し思いなおす。青のクランズマンが赤色の私物を使うなんて言語道断である。


「帰りまでにやんでたらいいんだけどな」

綺麗に畳み、机の端にタオルを置いて隊服の上を脱ぐ。ロッカーにかけておくべきか悩みどころだったがロッカーに入れてしまうと湿気で余計乾かなくなりそうだ。
ハンガーを手に持って部屋の壁に隊服をかける。雨の日なのだから、これが秋山の物だと誰もが察するだろう。



「始業15分前!」


弁財が時計を一瞥してから手を叩いて合図する。
それまで声がしていた執務室がしんと静まり各々が机に座り、今日の執務内容を確認を始める。

壁にかけた隊服から離れ、秋山もほかの隊員と同様に執務内容を確認する。
午後からの予定に目を通していると、秋山を更に憂鬱にさせる項目が記されていた。

「外回り‥‥。」


秋山の頭の中で悲壮の雷が鳴り響く。
なんてことだ、どうして忘れていたのか。外回りの順番に私情は関係ないため、ほとんどランダムに等しかったが今日ばかりは決めた事務の人間に恨みごとの一つでも言わないと気が済まない。

更に同行は上司の伏見とくるのだから、秋山の頭の中は現実の天候よりも激しい嵐が吹き荒びだす。


「弁財‥‥。」
「あきらめろ」

頼みの綱だと言わんばかりの秋山の声に、一瞬変わろうかと口にしそうになったが、自分の立場を考え直し断る。

「‥‥‥道明寺」
「悪い無理!」

ならばと道明寺の名前を呼ぶが、名前の途中で道明寺は顔の前に両手を合わせて断る。
加茂、五島、布施、榎本、日高とすがるように次々と名前を呼ぶ秋山に、呼ばれた人間は断りの言葉を口にする。

その様子を遠巻きに見ていた隊員達も、飛び火しないようにとぞろぞろと自分の作業に集中していく。


「おらお前ら何喋ってんだ。さっさと仕事しろ!」


やってきた上司に外回りの交代を直訴する秋山だったが、1秒で却下された。




「てめ、秋山!なんでそんな濡れるんだよ!」
「じゃあ伏見さんはどうやって差してるんですか‥‥。」

こう差すんだよ!と伏見が舌打ちをしながら秋山に傘の差し方を教えているところを目撃した吠舞羅のメンバーは、口々に「青服って馬鹿」と草薙たちに報告した。



...







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