主♂N
たった数文字の、その言葉が言えなくて、何度後悔したか分からない。
明確な意思表示は大切なことだと、トモダチからも友達からも教わった。
「けど言えないよ‥‥‥。」
大晦日、する事もないNは最近譲ってもらったテレビを鑑賞しながら悶々と思考を巡らせていた。
たとえばここで口にして、それを遊びに来た彼に聞いてもらえればどれだけ幸運だろう。
きっと彼は嫌そうな顔をしながら、ひっそり優越感に浸るんだろう。そんなドラマみたいな話は絶対にあり得ないけれど。
表立って感情をぶつけることを禁じられ、なにも出来ずに彼を眺めるしかできない。
もっとボクを見てほしい、と思わないこともない。それが子供じみた独占欲だといわれても仕方ない。
けどそれくらいにはボクはブラックを求めてる。
「もう少しかな。」
時計を見上げて時刻を確認したNは、テーブルの上のガスコンロに火をかけ、鍋の具を煮込む。
それから10分後、短く呼び鈴が二回鳴らされ、それを聞き届けたNは玄関に走っていく。
「いらっしゃいブラック。」
「ん、肉買ってきたよ。」
「こんなにかい?これはもう肉鍋だね。」
玄関先に立っていたブラックから鶏肉や肉団子がたくさん入った袋を受け取り、一緒に部屋に入る。
鼻が赤くなっているブラックのために、キッチンに入ってインスタントスープをカップに注いでリビングのこたつに潜り込んだブラックに差し出す。
「そんなに寒かったのかい?」
「どっちかというと風、強かった。」
鍋の取り皿を出しながら外の音に聞き耳を立てれば、確かにガサガサと木々の揺れる音がする。
白い湯気を穴から吹き出すそのふたをとれば、ブラックリクエストの肉多めの鍋が顔を出す。
女子みたいに料理を注ぎわけたりはせずに、穴あきお玉をブラックに差し出す。
それを受け取ったブラックは肉七割春雨二割野菜一割位の割合で取り皿に移していく。
ボクはボクで野菜九割、肉一割くらいの割合で選んでいく。
「もう今年も終わりだね。」
粗方鍋の中身が空になった所で、ブラックが買ってきた肉を追加してふたをして煮込む。
ブラックのセリフに時計を確認すると、年越しまで後10分程度になっていた。
「鍋を食べながら年越しなんて初めてだよ」
「僕だってそうだよ。というか今年はどっち勝ったのかな」
さっきまで注目していなかったテレビに視線を移すと、データ通信を選択して情報を得る。
今年は白か。なんていうブラックはこっちをみない。こっち見てほしいな、でもそれよりも。
「君と、もっと一緒にいたいよ。」
今年はお互い後始末に追われてて、そこまで一緒にいれなかった。こうして一緒に年越しできるのも偏にアデクさんたちの計らいがあったからだ。
「そう。」
ブラックの視線は変わらない。勇気を出したつもりだったけど、これ以上は踏み込めない。
「じゃあ明日は一緒に初詣いこうか。」
誘われたのだと気づいたのは、今までテレビに向かっていたブラックがこっちをみたこてとで視線がぶつかり合って暫くしてからだった。
「い、いいのかい?」
確認のための言葉が思わず上擦る。ブラックから誘う事なんてめったにないから、都合のいい夢じゃないかと疑ってしまう。
「だから此処にいるんだけど。」
「Nはどうにも寂しがりだから、来年は一緒にいてあげるよ」
目を細めてわらうブラックに、やっぱり夢なんじゃとゆるゆると手を伸ばす。
そのゆっくりとした動きの手をみたブラックが、その手の甲をつまみ上げる。
「いたっ!」
「なんでそこで夢だと思うかな‥‥‥。」
「だっ、だって」
「夢じゃないよ」
真っ直ぐな目がNを射抜く。その目はうそを言っていない、強い意志の目で。
「っ!」
顔が熱い。自分でも真っ赤だろうなと予想できるくらいには心臓はバクバクいっているし、言葉もうまく話せない。
そんなNを気にせず、ブラックは先ほどはつねったNの手を、今度は優しく握る。
「そうだね、二月は一緒にチョコを作って、三月はひな祭り、四月はお花見、五月は有給使ってシンオウでもいこうか?」
ブラックは楽しそうにこれからを話す。それは、来年一緒にいてくれる約束と予定で、絶対にあり得ないと思ってた事態で。
「今なら死んで良いかもしれない。」
嬉しくて泣きそうになっていたら、逆にブラックはフッと笑い声を漏らした。
「死なないでよ。ずっと、一緒にいるんでしょ」
午前0時の
短い短いプロポーズ
fin.
20130103