盲目愛 | ナノ


事情




マネージャーなんてできない。
バッサリと俺の言葉を否定した。彼女の意志は固く、頑として頷かなかった。


「私は、誰かをサポートする側の人間にはなれない。跡部君が私の事考えて言ってくれてるのは分かるよ。でもこれは絶対に頷けない」


最後は俺が渋々折れることになってこの話は終了。芦屋がマネージャーにならないと言い切ったとき、宍戸が安堵したのを俺は見逃さなかった。

(この短時間で惚れさせるとは…な)

まあ、コイツみたいな女は今までそうそう居なかったから、尚更魅力を感じるのも頷ける。


「だが、俺たちがお前を守るには不利な点が多すぎる」
「それは…」
「だったら、マネージャーじゃなくていい。部室で俺たちを待てばいいだろ」


宍戸にしては良い案だ。芦屋を部室に入れておけば朝も帰りも盲点が無くなる。流石に其れには芦屋も反論する言葉が見あたらなかったようだ。しかし、しかめ面なのは変わらない。何が不満なんだ?


「2人は、何でそんなに私なんかを…」
「言いたいことはそれだけか?」
「うっ…もう良い。好きにして」


しかめ面の次は拗ねた。ソファーに前体重を掛けて座りながらそっぽを向いてしまったのだ。そんな顔もできるもんなんだな、と関心した。


「じゃあ今日から来い。」
「…はぁい」


渋々返事をした彼女は、暫く機嫌が悪かった。




*************




「椿ちゃん、何か良いことでもあったの?」
「どうして?」
「すごく、楽しそうね」


週末、私が姉のところに訪れるのは昔からの習慣だった。姉は私と違って目は見えるけど、彼女にも欠陥がある。昔から心臓が弱くて、長くは生きられないと言われ続けてきた。二十歳まで生きられれば良い方だと。移植と言う手段もある。現に、今、ドナー待ちなのだ。しかし、姉の血液型は珍しくてなかなか見つからない。


「もうすぐ、私も二十歳ね」
「そうだね」
「やっとここまで来たわ」


私は、姉の本心を知っている


「まだ生きてるなんて、ね」


姉は死のうとしているって


「椿ちゃん」
「なに?」


姉は、自分の目を、私に渡そうとしているって


「お姉ちゃんが死んだら、お姉ちゃんの目をあげる」
「…不謹慎なこと言わないで」
「お姉ちゃんは椿ちゃんの目になりたいんだよ?」
「…やめてよ。そういうの」


母が迎えに来てくれるまで、私はこの病室から出ることは出来ない。もはや姉の口癖となっているこの言葉を、私は聞き飽きた。まるで姉が死にたがっているようにも聞こえる言の葉だから、あまり私は好きじゃない。


「椿ちゃんは、世界を見てみたくないの?」
「見たくないって言ったら嘘になるけど、私はお姉ちゃんと見たい。だから、お姉ちゃんと引き換えの世界なんて要らない」


今の姉がどんな顔をして居るのか、私には分からない。でも私は私の意志がある。


「お姉ちゃんは、お姉ちゃんらしく病気と戦えばいいの。きっとドナーは見つかるんだから。」
「…椿は知らないだけ」


姉が私の事を呼び捨てにするとき、必ず良い情報は私に届かない。自然と体が強張る。


「、な、に」
「……お母さんが来たわ。また、来週ね」
「っ!お姉ちゃんっ…はぐらかさないでよ…!」


病室の扉が開かれる音で、私は黙るしか出来なかった。ただでさえ私たち姉妹の事で頭を抱えている母を困らせたくなかったからだ。


「あら?椿ちゃん、何かあったの?」
「どうして?」
「目と目の間に皺がよってるわ」


フフフッと可笑しそうに母は笑い、姉もつられて笑った。私はどうしても笑う気持ちになれなくて、ガッチガチの作り笑いしか出来ていなかったと思う。

母に連れられて姉の病室から出たが、どうにも、私は嫌な予感しかしない。何かが起こる。そんな予感。


「あれ?芦屋か?」
「!…宍戸、君?」
「ああ、っと。こんにちは」
「こんにちは。…あ、お母さんお姉ちゃんの所に忘れ物したから、椿ちゃんは待合室で待っていて」
「え?」


私が反応したときには私の隣にあった母の気配は離れていた。変わりに近くにあるのはミントの香りだった。


「あー…、なんか、わりぃな」
「…いいの。宍戸君はどうしてここに?」
「ん?まぁ、とりあえず座ろうぜ。話はそれからだ」


宍戸君に手を引かれ、椅子に腰を下ろした。テニスのせいでマメがいっぱいできて、硬くなった宍戸君の手が、自然と私の手を握ってくれたから少しびっくりした。あまり、こういうことに慣れていないからだと思う。


「俺は婆ちゃんの見舞い。芦屋は?」
「私も、お姉ちゃんのお見舞い」
「お姉ちゃん?」
「そう。ちょっと身体が弱くて、入院しがちなんだけどね」


宍戸君が怪我した訳じゃないんだ、と少し安堵した。


「…その、なんかあったか?」
「!?なんで」
「ここ、皺寄ってる」


ツンッと私の眉間を宍戸君が軽く突いた。お母さんと同じこと、言うんだ。それだけ私がわかりやすかったのかも知れないけど、お母さんにいわれた時とは違って、私の些細な変化に宍戸君が気付いてくれたことが嬉しかった。


「俺で良かったら、相談乗るぜ」
「…あのね、お姉ちゃんが、ね、」
「ああ」
「自分が死んだら、私に目をあげるって、言うの」


全然意識なんてしてなかったのに、私の頬を生暖かい雫が流れた。






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