盲目愛 | ナノ


新しい出会い



「跡部君おはよう」


ニコッとこちらに笑いかけて、手にしていた真っ白な本にしおりを挟んだ。芦屋が俺の隣の席に居座ってから毎日の事だ。

俺より先に挨拶をされて、初めは、は見えてるんじゃないかと疑問すら抱いたがどうやら見えては居ないようだ。

芦屋は、俺と他の奴を匂いと気配、音の跳ね返りで識別しているそうだ。

目が見えない分、他の感覚器官が他の人より長けているのだろうか。だから、彼女はあまり物にぶつかったりしないから、安心な部分もある。


「何読んでんだ?」
「あ、これ?これは不思議の国のアリス。」
「…」
「今微妙って思った?」


図星。哲学書とかを読むイメージだったからか、童話だと分かってびっくりした。まぁ、本の趣味は人それぞれだ。


「でも、色々よむんだよ。シェークスピアとか、フィクション作品とか。」
「ま、普通じゃねーの」
「点字に翻訳されてる本って、結構限られてくるからさ。もっと読みたいのに…」


彼女が目が見えないことが不利だ、と言うのは初めて聞いた。目が見えなくても、努力次第でなんでもできる。そういうキャラだと思っていた。


「うちの図書館に行ってみたらどうだ?」
「うーん。それもそうなんだけど、ほら、独りじゃ身動きとれないし。…友達も、まだ…」


友達が居ない…確かに。俺が居る内はずっと一緒だ。昼飯も一緒。移動教室も一緒。それでは他に友達も出来ないのもうなづける。

しかし、この女、なんだかんだで内気。俺以外と普通に会話をしているのを見たことがない。


「俺に言えば俺が連れて行ってやるよ」
「本当!?ありがとう」


楽しみにしてるね!とニコニコしながら言われると、こっちまで楽しみになってしまう。まぁ、いいが。

ガタン、彼女が立とうとして、椅子が動いた。が、彼女の腰は椅子にくっついたまま。首を傾げながらスカートを引っ張っている。


「お前それ…っ!」
「え?何?よく、わかんない…」


スカートが椅子にくっついているなんて、触っただけではわからないのか?でも、普通ならそんなこと有り得ないのだから分からないか。

クスクス、クスクス。微かに笑い声が聞こえた。所詮、イジメ。俺が親しくする女子は必ずこうなる。俺以外にも、忍足や、宍戸…テニス部。忘れていた訳ではない。少し、こいつが心地良くて体が勝手に動いていただけ。


「動くなよ。あと、何も言うな」
「え、?」


ビリッと一思いに引き剥がせば、当然スカートは破ける訳で。何してるの!とビックリしているコイツを無視して抱き上げた。こんな姿にしておくのは俺の癪に障る。

ついでにコイツの荷物も持って向かうのは生徒会室。しかし、これで終わるつもりはない。目が見えない芦屋にまでこんな陰湿でちゃちな嫌がらせをする人間に、怒りを通り過ぎて呆れしかない。


「俺様を怒らせたな…?」


肩を揺らした数人の女子を睨みつけて教室を出た。静かに俺に抱かれているコイツはうんともすんとも言わない。何が起きたのか未だに理解出来ていないのだろうか。

分からなくても良いことか。こいつが盲目で良かったと思う反面、目が見えていたなら接着剤にも気付けたのではなかっただろうかとも思う。


「ね、跡部君」
「なんだ?」
「ありがとう、ね」


落ちないように、きつく握られた手の力が少し緩んだ。



*************




跡部君に連れてこられた部屋には覚えがあった。たしか…生徒会室。前に一回来た。1日ここにいろと言われ、鞄を渡された。跡部君も一緒に居るのかと思ったら、跡部君は二時間目ぐらいから授業に出ると、部屋から出て行った。

人の気配の無くなった空間はなんだか冷たくなった気がした。ぱた、とソファーに倒れ、目を閉じた。開いていても意味がない目だけれど。

ここなら誰も来ない。跡部君以外は。眠っても大丈夫だよね。








.
..
...



ざわ、
私の体の警報が反応した。私の髪を撫でる手を、私は知らない。これは誰?ここは本当に生徒会室?


「だ、だれ…?」
「ぅおぁあ!!」


誰かわからない人の声が大きくて私の方がビックリした。


「わ、わりぃ!その…起こすつもりなんかなかったんだ!分かってくれ!」
「や、あ、あ、あのぉ」
「あんまりにも気持ち良さそうに寝てっから…つい。」

「そうじゃなくて!」


あなた誰?雰囲気からして悪い人では無さそうなんだけど。距離感も掴めないほど動揺してしまって、動くに動けない。


「俺は、宍戸亮だ。お前は…」
「わ、わたしは、芦屋椿と言います」
「じ、じゃあ芦屋。跡部しらねぇか?」
「跡部君?…朝から会ってない…よ?」


多分、多分ね。多分。今が何時なのかさえよくわからないし。まだ朝だったらなんか恥ずかしいな。でも、跡部君が出て行ってから会ってないのは確かだし。間違ってないよね?


「そっ、か。なら仕方ねぇか。」
「宍戸君、一緒に跡部君待つ?」
「そうする。わりぃな」


隣、座るぜ。と宍戸君が言った後、右側がボスンと沈んで、…――ミント

ふわりと香ったのはミントの香りだった。跡部君とは正反対の香り。でも、なんか、安心する。


「今何時かな?」
「?そこに時計あるだろ」
「あ、…見えないの。何も」
「!?わ、悪い。…お前、目が見えなかったのか」


宍戸君が動揺したのが雰囲気で感じられた。そんなに気を使ってくれなくていいのに。それに、私、今まで一度も五体満足の人と思われた事無いんだ。

目を閉じてても、開けてても、私に色がないことは誰にでも一目瞭然だと思っていたから。


「その、凄い糸目の奴を二人ぐらい見たことがあってよ…悪い。気づいてやれなくて」
「謝らないで。私、気にしてないし。」
「…」
「…」


どうしよう。沈黙になってしまった。コチ、カチと時計の音が支配する室内。


「宍戸君は、跡部君と同じテニス部でしょう?」
「ああ。跡部に聞いたのか?」
「ううん。多分そうなんだろうなって。」
「へぇ」


なんでそう思ったのか分からないけど、直感?


「見えないと、相手がどんな外見とかしてるのか分からないけど、私の中には親しくなったひとがちゃんと映像で作られるんだ」
「映像?」


見えないのに変かもしれない。でも、たしかにそう。触らせてくれたら何となく形が掴めるし。因みに跡部君もこの間触らせて貰った。


「例えば跡部君。私の中の跡部君像は――――


身長175センチ。髪はサラサラで外に跳ねてる。薔薇の香りのシャンプー…を使ってるのかな?顔立ちははっきりしてて、少し目つきがキツい感じ?無駄な筋肉は付いてなくてシュッとしてる…感じ。
後は本人から聞いたんだけど、右目の下に黒子があって、目は青なんでしょ?」


「ああ。確かに跡部だな、それ。」
「逆に目が見えないから相手を知ることが楽しいのかも」
「…なぁ、俺は、俺はどうだ?」


宍戸君の手が私の手に触れた。







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