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目が覚めて、白い天井ばかりが私を迎えてくれる日々とさよならしたはずなのに、私は目覚めるたびに寂しい辛い思いに襲われる。
私に残っているのは、膨大な額のお金と、以前の私が使っていた日用品。そして、光と過ごした記憶。昔住んでいた所も、携帯に入っていた人達の名前も、両親の事すら、何も覚えていない。
光は、こんな私を好きだと言ってくれるが、光にとって私は重い女になっていないだろうか?学校…行きたくないな。

結果、ズル休み。学校に電話すれば、先生は無理をするなよと、如何にも私に同情している。……同情、か。周りから見れば私は事故で両親も記憶も無くした可哀想な女の子なのだから仕方ないけど、当事者になれば分かる、同情なんか欲しくないってこと。












愛李が学校を休んでいることに気付いたのは昼休みだった。昼飯に誘いに行ったら、休みだと言われたのだ。俺に何も連絡が無く愛李が休むのは初めてだった。電話しても出ないし、メールも勿論返ってこない。何してるんやろ。今日は部内で結構重要な試合があるから休む訳には行かない。彼女の家まで行くとしても、時間は7時前ぐらいになってしまう。取りあえずその旨をメールで送って(因みに返事はなかった)部活に出ることにした。
合い鍵を作って置いてよかったと思う。愛李1人では広すぎるマンションの一室。リビングに居ない当たりを見ると多分寝ているんだろう。相当具合が悪いのか?だったら連絡ぐらいしてくれればよかったのに。来る途中でポカリとゼリーを買ってきて正解だった。


「…愛李、?」
「………ん」
「調子悪い?」


違う、と首を横に振るだけで何も行ってくれないので、熱が無いか額に手をあてたが熱は無いようだった。こういうときは何も言わずに傍で居てやるほうが良いと思い、床に置いてあった座椅子に座って携帯を弄る。家には連絡してあるから、泊まっても問題ない。(そのために謙也さんに口裏をあわせて貰っている)
暫くすると、布団から起きあがった愛李が、俺と向かい合うようにして膝の上に座ってきた。スルリと首に愛李の腕が回されて抱きつかれた。


「何かあったん?」
「……た?」
「え?」
「…私、人形のままがよかった…?」


彼女が何を思ってこんな事を言い始めたのか分からないが、俺はそんなこと微塵も思っていない。背中に手を回しながら、そんなこと無いと囁いた。


「愛李は、人形やない。人間や」
「光に迷惑しか、かけてない」
「迷惑かけられたことないねんけど」


抱きしめる腕に少し力を込めると折れてしまいそうな程華奢な体で、何を背負っているんだろうか。静かに嗚咽を繰り返し始めたその背中をさすりながら首に顔をうずめた。


「人形やとこんな風に抱きしめられんし」
「…うん」
「キスも、」
「っん、」
「…、出来ひん」


少しずつ落ち着いてくる愛李を布団に運んで寝かせた。上に跨って顔の両脇に手をつくと、涙に濡れウサギみたいに赤くなった愛李の目が俺を見つめた。


「人形のがええとか、二度と言うな」
「ごめ、なさい」


愛李と話す時に出したことがないぐらい低い声で、耳元でささやくと、かなり怖かったのか少し震えたようだった。その姿に、なんと言うか、欲情したのだ。耳を甘噛みしてやれば、声を上げるのも、赤くなった顔も、全部欲しい。だが、今はまだ何もしたくなかった。愛李は、誰よりも大切にしてやりたい。


「…寝ろ」
「やだ、怖い夢…見るの」「俺は此処に居るから」




光に抱き寄せられると、光の鼓動が聞こえる程強く抱きしめられた。トクン、トクン、と一定のリズムを刻みながら動くそれは、光が生きている事を伝えてくれる。私も光も生きてる。そう感じていると、自然に睡魔に襲われた。

眠りに着く時にあったぬくもりが、起きると隣に無かった。だけど、光のおかげで、久しぶりに熟睡できた。顔でも洗って光に連絡しよう、と部屋を出るとキッチンからいい匂いが漂ってきた。そんな、まさか。


「おはようさん」
「……おはよ」
「顔酷い。洗ってこいや」
「う、ん」


フライパンを持った光がそこにはいて、顔を洗ってキッチンに戻るとキチンと盛り付けられた食べ物があって、どっちが女か分からない状況。


「てか、ちゃんと食べてへんやろ。冷蔵庫すっからかんやったんやけど」
「…わざわざ買いに行ったの?」
「いや、着替え取りに家に帰った時に義姉さんから貰ってきた」


いくら寝起きと言っても今は昼前。昼食としては申し分ないメニューだった。こんなにご飯らしいご飯を食べるのは久しぶりで、しかも、光の手作りとなればさらにおいしい。私なんかより、光のほうが何倍も料理上手だ。


「すごい、おいしい」
「当たり前や」
「光はいいお婿さんになるね」
「愛李が貰ってくれるんやろ?」


普通の会話みたいに平然と光は言ったが、内容は私を赤面させた。





(愛って人間同士にしか、出来ないんだよ)



END....



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