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水澤愛李

謙也さんの協力で手に入れた名簿。同年代の入院患者の中にアイリとおなじ名前を持つのはこの人だけであり、よくよく調べて見れば俺がアイリと出会った日から入院。事故。推理探偵になった訳ではないが、確かに俺が考えた条件にピタリと当てはまる人間が居たのだ。


「光、それケンヤサンがくれた資料?」
「おん」
「私居る?」
「名前だけで分かったら苦労せん」


ウトウトしながらも一生懸命目を開いている。今の時間は昼休みでアイリが起きたのは二限の途中。寝ても寝ても、寝たり無いらしい。減っていく会話を、大切にしなければならないのに、俺はイライラしてアイリに当たってしまう。たぶん、これは焦りからくる苛立ちなんだ。つなぎ止めたいのに、時間もアイリも俺を待ってくれない。ただの好奇心で、アイリが自分かもしれない人の事を調べたいのなら、俺は協力したくなかった。でも、彼女は自分がここに人形として存在していることに疑問を持ち始めているから、とにかくなにか手がかりが欲しいと懇願されれば動かざるをえない。


「私、起きてられな…い…か、も」
「って、言いながら寝るんかい」


すやすやと寝息をたてるアイリを持ち上げてポケットに入れようとしたとき、違和感。いつもは握ったとき、くたぁっと本当の人間のように力が抜けているのに、今は硬直しかかっている。
おそるおそる足に触れてみた。すると、固まって動かない…と言うことはなかったが冷たかった。いつも体温は感じないが、それとはまた違った冷たさ。早くしなければ本当に、確実にアイリは居なくなる。



**********



「財前、水澤さんに面会って知り合いやったんか?」
「多分っすけど」
「多分?なんやそれ」


一人で会いに行くバズが謙也さんが付き添いで付いて来た。なんでやねん。しかも俺が水澤愛李を探していた、と言うと驚いた顔をした。謙也さんが言うには彼女は特殊で、謙也さんの父親から話を聞いた事があるらしい。
引っ越して来た日に、事故。両親は即死で、一人だけ生き残っているのが、愛李さん。そう言えばそんなニュースを見た覚えがある。あれは水澤愛李の事だったのか。長い間眠っていて、脳死判決が出せないのは彼女が時折目を覚ますから、らしい。


「ここ、やな」


ネームプレートに書かれた水澤愛李の文字。間違いない。扉を握る手に力がこもる。中にいるのが俺のアイリで無いことを祈った。
ピッ ピッと定期的に刻まれる機械の音しかしない室内。ベットに歩み寄り、眠る女の子の顔を見たとき、息が止まりそうになった。俺の知るアイリと、今、目の前で眠る人間は、人と人形の違いはあっても同じだった。


「…アイリ、起きんと置いてくで」


いつも、朝起こすように声を掛けた。そうすれば起きるような気がしたのだ。謙也さんは意味が分からず不思議な物をみるように首を傾げた。しかし愛李は、いくらまっても応答がなく、起きる気配もない。


「…アイリ」


もう一度、名前を呼んだ。これで起きなければあきらめて帰ろう、そう思った刹那、彼女の長い睫毛がピクリと動いた。それは、まるで出会った日の繰り返しのようだった。ゆっくり開かれた双眼が俺を捉えたのだ。未だ虚ろな視線が俺を認識した。


「アイリ」
「…ひ、かる」


愛李が、俺の名前を呼んだ、それはつまり"アイリ"と"水澤愛李"の一致。
謙也さんは愛李が起きたことを知らせに行った、つまり二人きり。
今まで顔を背けていた事実がある。それは、俺が人形に恋をしていたことだ。しかし今、彼女は人形ではなくなった。ぎしりとベットが軋んで愛李が目を細めた。その目が閉じられたとき、俺達が重なった。





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