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「やだぁ!」


毎日俺が家に帰るまで、俺の部屋で大人しくしていたアイリが、今日は駄々をこね始めた。


「光と学校行く!」
「あかん」


涙こそ出ないが、今にも泣きそうな顔でスカートを握りしめる。そして、低めの本棚の上に置いたアイリの部屋。中央に置かれたソファーに、ヨロヨロと座り込んだ。クッションを抱きしめてそこに顔をうずめたまま、動かなくなった彼女に、不安を覚える。まさか、ただの人形にもどった…?コイツが拗ねる度に俺はビクビクしなければならない。


「、服。…服替えたら、」

それでも、ぴくりとも反応を示さない。不安だけが募る。


「連れてく、から。」
「…ホント?」
「おん」


勢いよく上げられた顔は凄く嬉しそうに綻んでいて、こんな笑顔が見れるのだったら始めから連れていってやれば良かった。じゃあ着替えるね!なんて嬉しそうにクローゼットを開けて服を換え始めた。ただ、急いでほしい。朝練に遅れそうだ。
結論。朝から本気のダッシュ。今の時期、は学生服だから、何とか内ポケットにアイリを収納して走った。


「はぁぁ〜」
「お、財前。遅かったなぁ」
「…まぁ、」


いつも通りに上着をロッカーに投げ込もうとしてやめた。めったに使わないハンガーに吊しておいた。
家をでる前に約束をしたことがある。極力ポケットの中で大人しくしておくことだ。万が一バレたら一緒にいられなくなると脅したら首が落ちそうなぐらい頷いていたから。


「あ、謙也さんちょっと忘れも…」


リストバントを付けていないのに気づいて一度締めたロッカーを開けると、アイリがポケットから顔を覗かせていた。謙也さんは扉を開けてすぐ締めた俺を不審そうな顔つきでみている。


「何しとん」
「…やっぱ先行っといて下さい」
「いや、ちょっとなら待ったるさかい」
「時間掛かると思うんで、先行ってください」


渋る謙也さんをなんとか部室から追いだして、再度ロッカーを開けると、さっきより明らかにポケットからでている面積が大きいアイリ。えへ★と笑って(まぁ、可愛いけど)誤魔化そうとしている。


「何するつもりやねん」
「ち、違うの!光が居なくて寂しかった訳じゃない!」


なる程。寂しかったのか。単純で分かり易い奴だから、こっちから探らなくても自分から零してくれる。本当に助かる。


「俺は朝練やねん。相手してやりたいけど、無理」
「わ、わかってるもん」
「やったら大人しくポケットで居ってや」


寂しそうに顔を歪めて、それでも大人しくポケットへ収納された。




************


朝練が終わったとき、アイリは顔を出していなかった。寝ていたのだ。まぁ、俺としては好都合だった。さっさと着替えて教室へ行ってしまおう。その方が面倒な先輩達にバレずに済む。
しかし、アイリはいくら呼びかけても反応しないし、ポケットに手を入れても、反応しない。朝は指を握ってきたのに。少し心配になって、授業をサボってやってきた屋上で彼女を出してみた。如何にも窮屈そうに膝を抱えて寝ている。


「アイリ、アイリ!」
「ん、ぅ、…ひかる?」
「寝過ぎや」


目をこすって、あくびをして、伸びをする姿は如何にも人間くさい。少し小さくなった、いや、かなり小さくなった人間だ。俺が心配していたなんて考えてもいないアイリは立ち上がってフェンスに指をかけた。穴をくぐってそれより向こうに行こうとしたので体を掴んで引き留めると、不満タラタラで手足をばたつかせた。


「アホ。落ちたらどないするんや」
「大丈夫だもん」
「アカン。ほら、これで見えるやろ」


自分と同じ目線にアイリを持ち上げてやった。これできっと、こいつにも俺と同じ景色が見えているはずだ。久しぶりにこんなに綺麗な空をみた気がした。


「財前?」


不意に肩に乗せられた手、反射的に体を開いて相手と向き合う体勢になった。いつから居たのか分からない。でも、相手は白石部長だった。


「自分、さっきから誰と話てんねん」


そこで、俺と白石部長の目線は俺の左手へ。もちろん、アイリだ。ヤバい、やばすぎる。どうやってこの状況を逃れればいい?よりにもよって相手は部長。謙也さんならまだしも、白石部長。


「あ、これ、は」
「まさか、人形遊び…?」「…」


苦渋の選択。このことが俺に変なレッテルを付けたとしても、部長はそんな事で俺に対する見方を変えるような人間ではない。と信じて。


「うわー、かなりクオリティー高いなぁ!触ってええか?」
「は?」
「めっちゃ可愛い顔しとるやん」


先輩の手に渡りそうになったアイリ。それを上手く交わして体の後ろに隠した。流石に触られたらバレてしまうような気がする。


「ちょぉ…、なんで隠すねん」
「いや、先輩、パンツとか見るでしょう」
「そら人形さんのパンツは見なあかんやろ」
「あきません」


素早くポケットにアイリを押し込んで先輩との距離を取った。これ以上興味を持たれて探られるのも嫌なので、出来るだけ自然にかわす事にしたのだ。だが、この男はそんなに簡単に引き下がるような男ではなかった。






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