最終着点は分からない | ナノ









楓が跡部と浮気?そんなことある訳ないだろう。だって跡部は俺が楓とつきあっていた事を知っていたし、何より2人には繋がりがない。俺の知る限りではの話だけど。そして、赤ちゃんが5ヶ月。ふとカレンダーを見ると、確かに俺が彼女と別れて5ヶ月ぐらいだろう。でも、彼女は直ぐにまた男を作るような軽い女ではないから、時間的には可笑しい。それに跡部だってそんな無計画な行為には及ばないだろう。とにかく、本人に会わない事には赤也の話が本当なのか分からない。明日大学へ行けば会えるはずだ。5ヶ月だとすれば多少たりともお腹が大きくなっているのではないか?ここまで誰にも知られずに過ごしていたから俺の耳にも噂すら入ってこなかったのだから、柳や蘭も知らないだろう。
そして翌日。俺は授業がない日だったが、楓に会うために彼女の友人から得た情報を頼りに、教室の外で待ち伏せた。時間が過ぎると直ぐに出てきた楓を呼び止めると、驚いた顔で見つめられた。


「ちょっといいかな」
「あ…う、えっと…うん」


素直に付いて来る彼女を連れて、今の時間帯誰もいない裏庭のベンチへ行くことにした。俺がそこに座れば、彼女もゆっくりと腰を下ろした。まるで、付き合っていた頃にタイムスリップしたような錯覚を引き起こした。
彼女の服は体のラインがあまりわからないそれで、しかも左手に光るシルバーリングがやけに光って見えた。どうやら赤也の話の中の、跡部と付き合っていると言うところは正しいようだ。


「担当直入に言わせてもらうけど、妊娠してるって本当?」
「…本当だよ」
「跡部の?」


彼女の瞳が揺れた。それは俺が知っていた事に対しての焦りなのか、それとも何か大切な事を隠そうとして嘘をつこうとしているのか。少しでた下肢。彼女が太ったわけではないからこそ不自然なのだ。一晩俺が考えた結果は、彼女が身ごもっているのは跡部ではなく俺の子だということ。でも心のどこかで、それは不確定な憶測ではなく確かな事実だと分かっていた。


「そう、だよ」


嘘だ。彼女が嘘を付くときのクセを今彼女がしているのだから。


「嘘だ。君は跡部とは体を重ねていない」
「そんなこと…」
「楓がそんな人間じゃない事、みんな知っ「やめてよ!」


普段の彼女からは想像できないような荒い声を上げて楓は立ちあがって俺を見下ろした。指先が白くなるぐらいに服を握りしめた手。


「言わないで…知ってるから、…私も、景吾も、…全部…全部ぜんぶ分かってる」
「だったらどうして…!」


ふるふると首を振って彼女は俺の質問には答えないで俺に背を向けた。もう関わらないで…小さくこぼされた言葉に胸が締め付けられた。それでも、はいそうですかなんて納得できる訳がなく、彼女の腕を捕まえた。振り払おうと抵抗する楓を無理やりこっちに向かせて肩を掴んだ。


「お願い…離して…」
「俺の目を見て」
「…」
「楓」


俯いたままだった彼女がゆっくり顔を上げて、視線が絡み合った。


「これは、俺にも関係がある話だ。分かる?」
「…うん」
「こんなに大事な事、どうして黙ってたんだ。別れていたって言わなきゃいけない事だ」


まるで、子供を諭すように優しく語りかけるとはらはらと瞳から涙が零れ始めた。これは楓だけの事ではない。避妊をせずに無理やり犯したのは俺で、彼女はこんな事、望んでなかった。


「幸村君に、言ったって、幸村君困るだけだから…責任感じちゃうでしょう?」
「そんなの…!君を無理やり犯した奴の事なんか…」
「それにね、私…冷静に考えたの。そしたらね、明らかに幸村君との子供の方が確率は高いけど仁王君にも可能性があった」


仁王…たった一度だけでも可能性はあるのだ。それでも俺の子供であれと願う自分がいる。


「おろすっていう選択肢もあったのに、どうして?」
「どんなに小さくても、命なんだよ。殺すなんてできない」


そっと肩に置かれた俺の手をよけて、両手で俺の片手を握りしめて笑った。


「幸村君に、好きになってもらえてよかった」


どうせならもっと罵って欲しかった。俺のせいで沢山傷ついて、沢山泣いて、望まない妊娠までさせられたのに。昔から変わらない暖かい笑顔が俺の心を締め付けながら浄化していく。
離れた温もりにもう一度触れようとしても叶わない。遠ざかる背中。


「楓!」
「…?」
「産まれたら…抱かせてほしいんだ」


少しこちらを振り返って深く頷いたあと満面の笑みで返事を返してくれた


「うんっ!」


これが、俺にとって一生忘れられない恋の、終わり。


「愛してる」


頬を伝った何かを拭うことすらできずに、俺は立ち尽くした。




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