最終着点は分からない | ナノ









いつの間にか連日、私の近くには跡部が居た。跡部だって暇なわけではない。話によれば卒業後直ぐに家の会社に就職が決まっていて、そのために会社へ赴いて勉強しているらしい。たまにスーツのままで私の家にやってきたり、迎えにきてくれたり、とにかく私のそばで居てくれる。私に割く時間がおおすぎやしないか、と不安にもなって。跡部自信が疲れているのに無理はしないでほしいと言うと、だったら俺様の疲れをとるような対応しろ。と言われ。私と跡部の半同棲が始まっている。
勿論私にとっての跡部は誰より大切な存在になっていき、跡部が居なかったなら、きっと私はこんなに明るい生活を送れていなかっただろう。跡部はこんな私を有り余るほどの愛で包んでくれる。
今、私には跡部しかいない。


「けーご!」


大学まで迎えにきてくれて、塀にもたれて携帯を見ている跡部を見つけた。やっぱり目立っているけどそんなことはもう慣れた。少し距離があったところから走り出して、跡部に抱きつくと、しっかり受け止めてくれた。


「バカ、走るなって言ってんだろーが。転けたらどうするんだよ、アーン?」
「だって、体が勝手に」
「ったく、」


呆れたようにデコピンするくせに、その後は絶対私にしか見せないような笑顔をする。


「昼飯まだだろ?」
「うん。」
「忍足達が一緒に食うってうるせぇんだよ」


文句を言う岳人君や、ただをこねるジロー君が簡単に想像できてしまう。しっかりと繋がれた手で、跡部は私を引いて歩き始めた。少し離れた駐車場に向かって。


「今日は会社なかったの?」
「今日は大学だ。今朝言わなかったか?」
「…そう言えばそんな気もする」
「ハァ、まあ良い。飯食ったらベビー用品見に行くか?」
「…っうん!」


跡部が私に言ってくれた言葉は生涯忘れられないだろう。自分の子供じゃないのに、跡部は一緒に育てたいと言ったのだ。私の指に指輪をはめて、手の甲にキスをして。結婚したい、と。私なんかで跡部が幸せになる訳ないのに。世間体や家柄もあるのに。私の子は跡部の子だなんて言って、例えバレたとしたって構わないから。俺の子だと言い張ればみんな信じる。今まで跡部が築き上げてきた信頼をなくすかもしれないリスクを侵してまで、私と一緒になりたいなんて、跡部は本当、どうかしてる。


「景吾」
「なんだ」
「愛してる」
「当たり前だ」


片手でハンドルを操りながら私の手を優しく握りしめた。


「…母さんが、家に住んでほしいと言ってたんだが。どうしたい?」


跡部のお母さんはとても優しくて、私を本当の娘のように可愛がってくれるのだ。ここまでなんの困難もなく上手く行っていたら怖くなるけど、一緒に住んでもいいの?私には両親が居ないから、とても嬉しい。


「是非」
「そうか。なら、今日泊まって帰るといい。2人とも家にいるはずだ」
「ありがと、そうさせてもらうね」


信号で止まった時に、くいくいっと袖を引いて見つめると、跡部は顔を綻ばせてキスを落とした。横断歩道を渡っている人にみられているかもしれない。チュッと軽いリップ音をさせて、絡まっていた舌が離れた。程よく青に変わった信号で発進。


「さっきみたいなおねだり、どこで覚えたんだ?」
「さぁ?どこでしょーか」


目的地はもうすぐだ。




****************




「楓ちゃーん!」
「ジロー君!」
「久しぶりだC!会いたかったー」


飛びつこうとしたジロー君は自制したようで、私の前で一旦停止してからふんわりと壊れ物に触るように優しく抱きついてきた。岳人君にはグリグリと頭を撫でられた。跡部が居なければ会うことも無いけれど、たまに遊んだりするときに呼んでくれるのが凄く楽しみだったりする。跡部の変わりに日吉君、宍戸君、鳳君が学校まで迎えに来てくれたりした事は有るけど、やっぱり回数は少ないし、車の中だけでは時間にも限りはある。


「跡部が会わせてくれへんからなぁ」
「そうなの?」
「お前らに会わせたらめんどくせぇからな」
「……………唯のヤキモチやないか」
「アーン?」


跡部のヤキモチが可愛くて、ぎゅうっと腕に抱き付いた。イチャつくな、と宍戸君にからかわれてしまったけど全然気にならない。
氷帝のみんなは勿論私の子供が跡部の血を引いていないことを知っている。それでも跡部が良いのなら構わない、と暖かく受け入れてくれているのはやはり、跡部の絶対的な信頼。時々、跡部はすごい人なんだと実感するし、跡部に見合う人になれるように頑張りたいと思う。


「はらへったー!」
「なに食べる?」
「肉」


肉、と言ったのはもちろん岳人君。私は何でも食べられるから、何でも構わない。ただ、油っこいものだけは避けたかった。そんなことは、みんな分かっていたのか最終的にはファミレス。手頃な価格で色々なメニューがあるのはやっぱりファミレスだから。男ばかりの(しかもイケメン)集団だったから注目の的になってしまい、かなり恥ずかしかったのは言うまでもない。
サラダとホットケーキプレートなるものを食べながらみんなで世間話。…だった筈なんだけど、いつの間にやら子供が男か女か。名前は何にする?なんて話になっていた。


「やっぱり、男でも女でも付けられる名前だろ」
「せやなぁ。自分らはなんか考えとるん?」


考えていなかった訳ではないけど、絶対これ!と言うようなモノはなかった。跡部の苗字に合う名前なら、いい。あれやこれやとみんなが付けたい名前を挙げていく。最後には跡部が付けたきゃ自分の子供につけやがれ。と強制終了させた。結構楽しかったのにな。


「そう言えば、籍入れたんですよね!跡部楓さんになったんですよね!」
「ああ、もうすぐ子供も5ヶ月目だし。医者にも早く行けと言われたから、母子手帳のついでにな」


思い出したように長太郎が言った。確かに籍を入れたけど、事実上では跡部の性だけど、まだ学校もあるから公にはしていない。


「じゃあ春日って呼べねぇのか」
「名前でいいよ」









意味わかんねー。東京に遊びに来てて、たまたま入ったファミレスでこんな話を聞くことになるなんて。頭の中がこんがらがる。信じていた先輩に裏切られたのは俺だけじゃない。仁王先輩も、幸村部長も、2人の関係で悩んだ仲間たちみんなが、裏切られた。


「なぁに?急に黙るなんて」


目の前にいる最近仲がいい女が不思議そうにアイスティーの入ったコップに刺さるストローを混ぜた。カランと軽い音が鼓膜を揺らす。


「…帰ろーぜ」
「え、え?ちょ、まだ飲んでない」


伝票を掴んで席を立った。金を払って店から出た所で幸村部長に電話した。


「幸村部長」


ワンコールで何?と電話に出た幸村部長。遠まわしに聞くのは嫌いなので直球で聞く


「なんで楓先輩と別れたんすか」
―「は?いきなりだね」
「なんでっすか」
―「俺の愛し方じゃ、楓が幸せにならないって分かったからだよ」


違う。違う。幸村部長みたいな人に思われて幸せにならない人なんていないミシミシと携帯がないた。違うと呟いたら、それは幸村部長に届いたようだ。


―「何?どういう意味」
「浮気してたんすよ、楓先輩が」
―「…どういうことだい?」








「跡部の子供、妊娠してたみたいなんす」
―「…」
「幸村部長と別れたのは跡部と一緒になるためだったんだ」







やっぱり、すべてがすべてうまく行くなんて言うことは有り得なくて、幸せになろうとすればするほど神は私たちを苦しめるのだろうか。私には跡部が居てくれればそれで良いのに、どうしてこんなにつらく、困難な未来にするんですか。



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