最終着点は分からない | ナノ











気絶した楓を見下ろしながら、自分がどうしようもなく情けなくなった。さっき抱いた名前も知らない女。気持ちいいなんて思わなかったのに、今楓と深く接合している部分は動かなくても気持ち良くて、このまま解け合ってしまいたいとすら思う。
ショックだったんだ、彼女が仁王に抱かれた事が。俺も楓のことを責められる立場では無い、でも、辛い。愛想を尽かされてしまったかもしれない。楓はきっと、俺の体についたほかの女の臭いに気づいていただろう。それに、今回の行為も痛かったんだろう。仁王はどんなふうに抱いた?俺より優しくしただろう。


「っ…ごめ、ん」


頬に付いた涙の痕。目尻にキスを落として後処理を始めた。取りあえず彼女を抱き上げてベットへ運ぼうとしたら、開くはずのない玄関の扉が開いた。丁度後ろ姿しか見えないぐらいだろう。力なく投げ出された腕や足は隠しようがなかった。


「…仁王」
「っ…また、酷い抱き方したんか…っ!」


どうしてこいつが戻ってきたのか。そんなことはどうでも良い。ずかずかと上がり込んできた仁王は俺の腕から楓を奪い取った。素直に渡すなんて性分では無かったけど、俺には彼女を仁王に渡さない権利なんて無い。
楓を抱きかかえた仁王が彼女の部屋へと消えるのを見ても俺は動けなかった。


「いつまで楓を苦しめるつもりじゃ?」
「…」
「楓はお前が思ってるほど強くない」


そんなこと分かってる!三年もつき合ってるんだから。仁王になんて言われなくたって俺が一番分かっているのに。彼女が泣き虫な事だって、傷つきやすいことだって、全部!
凄く悔しくて気がつけば仁王を殴っていた。


「っ…たいのぅ」
「…」
「こうやって、殴ったんじゃろ?楓を。」
「ちがう、ちがうんだ…!気がついたら、殴った後だった…」


言い訳にしか聞こえないだろう。でも、本当なんだ。初めてあんなに頭に血が上った。大切にしたいのに、俺は楓を傷つけた。仁王まで、ただの八つ当たりだ。


「幸村、一度できた溝は埋まらん。どんなに愛しても傷付けた傷は痕が残る。」

もう、俺達の間には修復不可能な溝が出来ている。それでも近くにいたい。けれど、所詮それは俺の我が儘だ。彼女に別れを持ち出された瞬間から、彼女の愛がおれに向けられることは無くなったのだから。


「俺は、楓を、苦しめるしか、出来ない」


ああ、言ってしまった。気付いていたけれど、目をそらしていた現実。


「仁王」
「あ?」
「頭、冷やしてくる」


楓の為になる最善の結果は分かり切っているけど、やっぱり気持ちの整理をしたかった。



***********



あれからすぐ、私は幸村君と別れた。互いに想い合った六年は、あまりにも呆気なく終わってしまった。何事も無かったかのように接してくれようとするみんなに申し訳なくて、だんだんと距離ができてしまった。そうして気がつけば、三年だった私達は大学四年になってしまっていた。時たま丸井君の就職決まった、とか、真田君は警察に〜とみんなの就職内定の情報が耳に入る。仁王君は大学院に上がるらしい。そのほかのみんなは就職が内定していて、蘭は柳君の家に永久就職らしい。
そして私も、今後を決めないといけないのだけど…、やりたい事が、ない。一応、内定はある。わかりやすくいえば、メイドとかそう言う関係の分野。あまり乗り気ではないけど、最終的にはそこだろう。とりあえずそのことを考えれば家は東京の方が都合がいいから引っ越しをした訳である。学校からは遠いけれど、四年にもなればあまり学校に行く事も頻繁ではなくなるから、そこまで苦にはならない。だから、暇な時間ができれば近くを歩いてみたりして散歩がてら地理を把握するようにしている。
現在進行形で散策しているわけだけど、傘を持っていないのに雨がぱらついてきて焦っている。こんな時に限って家からは遠いし、最近、体調も悪かったからか頭痛に眩暈まで。雨が本格的に降ってきた、急ぐ気持ちに足が着いてこなくて、その場でしゃがみ込んだ。くらくら、くらくら。あれ?地面が近い。


「―――おい、」




ストリートコートで忍足や宍戸達と久々にテニスをしていたら、雨に降られた。手早く片付けて近くに止めている車まで走っていると女が道端にしゃがみ込んでいた。特に気にもせずに通り過ぎようとしたけれど、何故か気になって声をかけた。いつもの俺なら無視するから、他の奴らはびっくりしていた。


「おい、おま…」


手を肩に載せようと伸ばしたのに、その手は空を切った。どさりと女が倒れたのだ。それには俺も驚いたし、離れた所で見ていた忍足達も慌てて駆け寄ってきた。揺すってみても反応は薄い。


「跡部!ウチの病院つれていくで!」
「ああ!」


名前も知らない女、だと思っていたが、病院までの車中でジローが気付いたのだ。


「思い出した!この子、立海の子だC!」
「…あ、幸村さんの」


それで日吉が名前を導き出した。春日楓、幸村の女…だった奴。最近別れたと聞いたが本当なのか。直接的にこの女に関わったことは無いが、見たことだけはあった。立海の奴らに知らせた方が良いのか?
でも、もし幸村と別れた事であいつらと気まずくなっていたりしたら、こいつ的には最悪な状況になりかねない。


「お前ら、この事は立海の奴らには言うな。」
「なんで!丸井君達の仲間じゃん」
「いいから、言うな。」


病院で、診察室に運ばれていくあいつを見送り、他のメンバーはみんな家に帰した。俺はあいつをひとりにするわけにも行かず、忍足と残った。診察結果を聞いて、大事には至らなくて良かったと思う反面、かなり衝撃的だった。


「この子、妊娠しとるらしいわ」
「…は、何ヶ月だよ」
「3ヶ月目。多分、幸村の子やろうな。」
「別れた、って言ってなかったか?」


苦虫を噛み潰したような顔で忍足が俯く。幸村が女と別れたのは本人から聞いたのだから間違いない。


「忍足、俺が言う。」
「せやけど!」
「…お前は帰れ。二人にしろ」


渋る忍足を追い出して、なんとなく、ベット脇の椅子に座って春日の手を握ってやった。こいつは、真実を知ったらどんな顔をして、どんな事を思うだろうか。きっと泣くだろう。
こんなに近くでみるのは初めてだし、どんな奴なのかすらよくわからない。それでも、確かにおれはこいつのそばに居たいと感じて、今こうして手まで握っている。柄にもなく、運命とかいう言葉を頭に浮かべたのは秘密。


「早く起きやがれ」


声が、聞きたい。




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