最終着点は分からない | ナノ










どうしていいのか分からずに瞳を揺らしながら仁王の言うことを聞いて背を向けた楓を見送って、俺はさっき彼女が座っていたところに腰を下ろした。目の前には仁王が座る。大方、仁王が言いたい事なんてわかっている。


「で、楓になんかしたんか」
「何も」
「楓は何もないのに、手を振り払うような奴じゃない」


仁王の声に怒りを感じた。こいつは飄々としていて感情を表に出さないイメージを持たれがちだが、俺はそうは思わない。仁王が反応を示さない事は、本当に興味が無い事だけ。こいつが興味を持つものが少ないだけで。今は楓の話しだ、こいつが感情を出さない訳が無かった。
中学の頃から仁王も、俺と同じように楓が好きだった。元々、彼女は人を惹きつける何かを持っていたようで、沢山の人に好かれていた。だから、楓が俺を選んだ時、どれだけの人間が悔しがっただろうか。仁王もその中の一人だったのだろうか。それでも仁王は楓のそばで俺との事を祝福して、一番近くで居た。俺より楓の近くで居た気がする。


「殴ったか、無理やり犯した、とか」
「…」


事実だった。何度目か分からない彼女からの別れたいという言葉。理由はいつも同じ。
私なんかよりいい子はいっぱいいる、だから幸村君が私に縛られ続けるのは嫌。
彼女が何を思って言っているのか分からない。ただ、いつも自分を卑下にする彼女の姿勢にも苛立ったし、楓を俺に縛り付けられるなら、子供でも孕ませればいいと思ったのも事実。いつぶりに彼女を抱いたのか。今までは嫌がられると直ぐに止めていたし、この間だってそうだ。一旦自制したけれど、どうにもできない蟠りを感じて、組み敷いて縛りつけて何度も抱いた。中にもかなり出して、気絶したってやめてやれなかった。嫌だと泣き叫べば無意識に手を上げていた。今でも殴った感触が手のひらに残っている。あの時の恐怖に支配された表情も、涙に濡れた睫も口の端に流れた血も、脳裏に焼き付いて離れない。
仁王の言葉に反論も、なにもしない俺。仁王は俺がしたことを全て理解したようで。目を見開いた後、あざ笑うような目つきをした


「ハッ…適当じゃったのに、図星なんか」
「…ああ」


黙り込んだ仁王は机に拳を叩きつけた。かなりの音で、ざわついていた周りはシーンと静まり返った。


「お前さん、俺がどんな思いで見てきたかわかっとんか」
「…」
「見損なった……お前がそう言う態度なら、俺だって相応の対応させてもらう」


いつまでも、楓が俺だけを受け止めてくれる保証なんてない。仁王は最後にそう言って席を立った。それもそうだ。彼女の言葉を借りるなら、彼女は俺に縛られているのだ。俺が縛られているのではなく、俺の汚い独占欲で楓を雁字搦めにしているのだ。
まるで蜘蛛の巣に掛かった蝶のように、逃げられずにもがく。いっそのこと蜘蛛のように殺してしまえたらどんなに楽なんだろう。


「幸村くぅん仁王君と喧嘩したのぉ?」


見ず知らずの女が俺の腕に絡みつくように隣に座った。気持ち悪い。楓はこんなに化粧が濃くないし、こんなに香水の匂いなんてしない。


「触らないでくれ」
「春日さん、ヤらせてくれないんだってぇ?」


振り払った腕をもう一度絡ませながら女は言う。私なら、好きなだけさせてあげるのに。俺はこの言葉の真意を知っている。高校時代に耳にした。簡単に言えば体だけの関係になろう。心までは求めないから、と。






この時の俺はどうかしていたのだ。







この女を楓の代わりにするなんて


*************





学校を出て直ぐに向かったのは楓の家だった。彼女の去り際に俺は後で家に行く。と耳打ちしていたから、きっと従順な彼女は待っている。チャイムを鳴らせばすぐに扉を開けてくれた。


「早かった、ね」
「まぁな」


どうぞと家の中に通してもらって、改めて思った。繕ったような笑顔が痛々しい。昔の彼女はこんな笑顔したことがなかった。いつだって太陽のような暖かい微笑みをくれていた。


「……辛かったな」


リビングのソファーに彼女を座らせて頭を撫でてやった。ポタポタとその大きな目から涙をこぼしながら俺の服にしがみついてきた。そういう行動が男を喜ばせることを楓は知らない。俺の首に顔をうずめて居る楓の背中を軽くさすりながら泣きやむまで抱きしめていた。


「楓…俺に、せんか。俺なら、こんな風に泣かせたりせん」


吃驚して顔を上げた楓にそっとキスをした。後頭部を押さえて舌を絡めるキスをした。それでも彼女は抵抗しなかったのだ。必死に俺に応えようとしてくれた。


「、は…にお、くん」
「ずっと好きじゃった。楓だけが欲しかった。」
「んぅ…ま、って…!」


押し倒して見下ろした楓は、酷くつらそうな顔をしていた。ただ、俺の首に手を回して「痕は、付けないで」と囁いて、それが合図のように、彼女の体に手を這わせた。今まで幸村しか触れたことのない体。柔らかい女の体。服を着れば見えない場所に無数につけられた赤い痕は幸村の独占欲の塊だった。その上から上書きするように吸い付いて、全て俺の痕になったかのような優越感。
秘部に指を突き立てたると床の上で跳ねる体を引き寄せて、膝の上に座らせた。床に背中が擦れて痛いだろうから。


「ふっんん…はぁは、ぅんああっ!」


バラバラに指を蠢かせるとイイ所にかすったのか、体が跳ねた。そこばかりを執拗に攻め立てるとイヤイヤと首を横に振って快感から逃れようとするものだから、俺の加虐心が反応して、ついつい意地悪く攻めていた。


「ひっ、あっあ…だめっいっちゃ、う…ふっあ」
「ええよ。イっても」


グチャグチャと粘着質な音が聴覚を犯す。一層激しく指を動かせばそれだけ音もいやらしさを増す。


「や、っうぁ、あっあ、あああっ」


体を強ばらせたあと、ぐったりともたれかかってきた楓。秘部から指を抜くとくちゅっと糸を引いた。それも気にせずにベルトを緩めた。射れてもいいか、取りあえず聞いておこう。


「だいじょ、ぶだから」
「背中に爪たてたらええ」
「ん、…っああ!」


背中に手が回ったのを確認して直ぐに自身を埋めた。絡みつくように締め付ける内壁を割って、全てを埋めた。一呼吸置いて、ゆっくりと突き上げ始めれば振動に合わせて声が高くなる。今まで楓の代わりに抱いた女たちとは比べものにならないぐらい満たされていく


「っ、あ…ん…や、もっや、あっあっあ」
「愛しとぉよ」
「に、おっ」


ごめん、なんて言うな。今は、今だけはこの行為に酔いしれていたいから。きっと、最初で最後になるだろうから。お互いに絶頂が近づいてきて腰の動きが早くなる。チリッと背中に痛みが走る。彼女の爪が食い込んだんだろう。一生この傷が治らなければいいのに。
声にならない声を上げて彼女のナカが恐縮した。俺も同時に欲を吐き出した。浅い息を繰り返している楓を強く抱きしめた。背中をさすってやりながら落ち着くのを待った。汗ばんだ体同士が密着して直に彼女を感じる。


「ごめん、ね」
「なんで、謝るんじゃ…」

ふるふると震える肩を抱いて囁いた。楓の気持ちを無視して行為に及んだのは俺。なのに。


「私に、仁王君は勿体無い、よ」


拒絶。彼女の中に入ったままだったそれを引き抜いて床に向かい合わせて座った。頬を涙で濡らしながら俺を見上げる楓の頬を包み込んで目線を合わせた。涙を流しているのに、しっかりとした目。


「これからも、親友。なり」
「わ、わた、私…」
「恋人なんて器に入らないような、友達じゃよ。ずっと」
「仁王くっ、の、手、好っきな、の」
「ああ」


しゃくり上げながら必死に思いを伝えようとする楓は俺の頬に俺と同じように手を重ねた。


「つらい、っきに、ね…っいつも、助けてっくれ、からっ」
「うん」
「こいびと、にはなれない、けどっ…近くに、いてほしいっ」
「っ俺はいつも側に居るよ」


優しく、俺にできる最上級の笑顔を見せた。すると、栓を切ったかのように一層涙を流しながら子供のように楓は声を上げて泣いた。俺は、彼女に必要とされている。たとえ、形が恋人同士でなくとも、傍に居てほしいと彼女が言うなら、俺は死ぬまでそばに居てやりたい。それが俺の愛の形だ。







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