最終着点は分からない | ナノ












不二君の写真集のタイトルは Lover だった。あの撮影から半年、発売を翌月に控えたある日に配達された。表紙に写っている女性は私な筈なのに、まるで私じゃ無いみたい。初版限定でメイキングDVDが付いて来るって言う話はすこし耳にしていたが、本当に付いてる。パラパラと捲る度になんだか胸がくすぐったい。私、こんな顔してるんだ、景吾を見てる時。自分も見たことがない顔。景吾は今、海外出張中だからまだこれを見てはいない筈。見たらどんな反応をするのだろうか。


「なぁに?」
「周助にぃにからの贈り物よ」


言語が発達してきた澪はもう可愛くて可愛くて、禿げそう。もちろん4人とも可愛いんだけど。早く4人とも言葉が通じるようになれば良いのに。
写真集には、写真と一緒に手書きメッセージみたいなものも付いていた。それには何となく見覚えがあった。だって私が書いたものなのだから。撮影の合間合間に暇だったら手伝ってよ、と不二君に頼まれた書き取り文章がこれだったような。最後は、例の結婚式。ヴァージンロードの先でこちらを振り返る景吾はやっぱりかっこよくて、胸が高鳴った。


「ぱぱ?」
「そう。パパ」
「パパ、いつ帰ってくるの?」
「うーん、まだ暫くかかるかな」


ふぅん、と鼻を鳴らした澪は、私の膝に上がって抱きついてきた。それを受け止めながら、子ども達の手が届かないような高い所に写真集を置いた。


「さみしい?」
「ぱぱ、おしごとたいへんだから、みお、さみしくないもん」


来年から澪を(日本でいう)幼稚園に入れる手筈にしてあって、もうすでに決まっているのだから、もちろん澪には英語を話してもらわなければならず少し心配だ。一歩家の外に出れば今のように日本語では通じない。大丈夫なのか、やっぱり家の中でも英語使おうかしら。



**********



出張に出張を重ね、各地を点々としていた俺は日本へ帰って来ていた。二、三日ここで滞在すれば帰る事ができる。久々に帰った実家も相変わらずだったし、もう少しで落ち着く。
日本についた初日、1日休暇をとっていたので新聞を読みながら過ごしていた。そんななか、何処からか俺が日本に居る事を嗅ぎつけた奴がいた


―「今日本に居るんだって?」
「ああ。」
―「僕の新作、発売したんだ。楓から連絡あったかな?」
「まだ見ては居ないが、連絡はあった」


実際、こまめに楓からはメールが来る。その中には不二から写真集が届いたという内容のものもあった。


―「あれね、結構反響あって、宣伝CMまで作ったんだけど…見た?」
「CM…?」
―「適当にテレビ付けてれば絶対流れるから、見て。」


後、渋谷に広告もあるから、と宣伝をするだけして不二は切った。多少腑に落ちない点もあるが、液晶の電源を入れた。最近の日本のタレントはよくわからないが、たまにパーティーで見かけるような俳優もいるが名前と顔ぐらいを知っているだけだ。暫く情報番組を眺め、何度目かのCMだった。
切ない印象のオルゴール音と共に画面に映されたのは手を繋いで歩く俺達が微笑みあう瞬間。ゆっくり切り替わる画面が映し出す二、三枚。


――"不二周助new album「Lover」 now on sale"


文字の背景には、触れるか触れないかの距離にまで近づいて、所詮キス寸前の写真。日本に帰ってくるのが億劫になるような写真で宣伝しやがって、と若干不二を恨んだ。でも、きっと写真集の中の楓は綺麗で、キラキラしているんだろうと考えれば、良い写真を撮ってくれたあいつには感謝の気持ちもある。早く家に帰って現物を見たいものだ。
ふ、と家で待っているであろう家族を思い出して笑みを零した。子育てに翻弄される楓も好きだが、帰ると直ぐに飛びついてくる澪も、楓が好きな斎も、ようやく少し話し始めた双子も、みんな大切だ。こんな気持ちを自分が持つなんて、誰が想像しただろうか。昔の俺は子供は要らないと思っていたし、そもそもこんなに早く結婚する気もなかった。未来とはわからないものだ。


「景吾坊ちゃん、ご友人がお見えですよ」


いまだに俺を坊ちゃんと呼ぶのは、この男だけだ。でも嫌な気がしないのは多分昔からの事だから。


「友人?」
「はい」


すっ、と身をよけた先に現れたのは幸村だった。


「やっほ跡部」


きっと俺はあからさまに怪訝な顔をしたに違いない。手土産を下げて現れた幸村は、遠慮なく俺の向かいのソファーに腰を下ろした。


「不二から跡部が帰ってるって聞いて。」
「幸村が俺に何か用があるなんて珍しいじゃねーの」
「まあね。子供達は元気?双子も産まれたって言うのは知ってるけど」


あっちに住んでいる楓に会う機会はなかなか無い。俺は世界中を駆けずり回り、楓は家。だから俺が休みをとって、日本に一緒に来るか、または会いに行くしかない。街角で偶然、なんて再会は無いのだ。


「写真見るか?」
「あるんだ」


携帯の、子供達の画像フォルダを開いて渡す。楓から送られてくる写真はすべて保存してある。


「琥珀と沙羅だ。」
「みた感じ、琥珀は楓似で沙羅は跡部に似てるね。」
「よく言われる。」
「澪も、大きくなったね」


皮肉にも、澪は幸村に似ている。楓にそっくりだと思っていたが、成長とともに、幸村の面影が見える。可愛い娘には違いない。血が繋がっていなくても澪は俺の子だ。でも、なぜか悔しかった。


「澪は来年から幼稚園だ」
「年月が流れるのは速いね」


しみじみとこんな話しをしていたらオヤジのようだと楓に言われてしまいそうだが、じっさい、年月が流れるのは早かった。気がついたら子供達も大人になってしまうのだろう。
幸村から閉じて返された携帯。幸村が澪の写真を自分の携帯に送っていたのに気づくのは何日か後だった。

「跡部」
「?」
「楓を、大切にね」


自重気味に笑った幸村の表情からは、気持ちを汲み取るのが難しかった。







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