最終着点は分からない | ナノ









今の衣装は景吾サイズのワイシャツに、下着っていう。因みに下着自前っていう。不二君に呼ばれた場所に着いて直ぐ、はい脱いでーみたいなノリ!しかもしかも、ワイシャツしか渡してくれなかった。勿論景吾はびっくりして言葉を失っていた。そんな景吾もワイシャツにジーパンって言うラフな格好だった。あ、子ども達は柳家に預けてます。不二君の撮影の為だけに日本帰国しました。


「眠くなってきちゃうね」
「寝ても良いんじゃねーの」
「うー…ほんとに寝ちゃうよ」


簡素な作りの田舎のロッジの一室が今日のスタジオ。今はベッドに横になって景吾とまったりしている。不二君はほぼ空気になってシャッターを切っていて、不二君が満足したら次の部屋。さっきはキッチンみたいな所でお湯沸かしてコーヒー作らされたんだっけ。
うとうとして数分意識が落ちていた、と思っていたのは私だけで、一時間半くらい落ちてました。その間に着替えさせられていて(多分景吾の仕業)部屋には誰も居ないし、ロッジの中を徘徊してみる事にした。天気が良いから、窓から差し込む光に照らされている廊下や部屋、全てがキラキラとして見えた。洗濯日和だなあ、なんて窓から空を見上げたり、初めて覗く部屋の小物が可愛いなぁなんて観察したりしながら、ようやく庭に出た。大きく伸びをして空気をいっぱい吸い込んだ。少し山中だから空気が綺麗な気がする。綺麗に整備された芝生や草花、和むねー。
テンションがあがってきたので、ちょっと初心に帰ってみようと思います。とりあえずダッシュ。帰り道が分からなくなってもどうにかなるか、と木々の間をぬって走る走る。やば、気持ちいーっ


「っは、はぁ、っ、はっ」


息切れするくらい本気で走ったのはいつぶりだろうか、少し開けた場所に出た。誰の手も入っていない無造作感が凄い良い。真ん中あたりに突っ立って、しばらくぼーっとしていた。


「楓」


いきなり名前を呼ばれて振り返ると、カメラを構えた不二君と景吾が立っていた。ゆっくりと歩み寄ってきた景吾に、なぜだか後ずさってしまう私。何でか景吾の顔が怒ってるような、気が、してます。


「け、景吾?」
「このっ…馬鹿!」
「ご、ごめ、」
「心配しただろ、いきなり走り出しやがって…」


優しく抱きしめられて、頭を撫でられる。


「子供か」
「だって、つい」
「馬鹿」
「今日の撮影は終わりだから、僕は帰るね」


私と景吾を無視して、さっきまでカメラを構えていた不二君はひらひらと手を降って背中を向けていた。私も景吾と顔を見合わせてクスッと笑った後、不二君の後を追った。



***************


不二君の撮影はこの間のような山奥のロッジだったり街中だったり海だったり、とにかく良い意味のやりたい放題。景吾がどうしても仕事で居ない時は私一人で日本に来たりとか、私たちも不二君のやりたい放題には大いに巻き込まれていた。んー3ヶ月強ぐらいかな、で、今日が最後になるかもしれない撮影。と言うのも、撮影の内容とか全部不二君の直感とかだから、先が分からない部分もある。


「二回目だけど、やっぱりなんか、幸せー」
「綺麗だよ」
「しかもこのドレス…」
「一氏の新作だよ」


一氏というのは皆さんご存知の四天宝寺の彼。本当の結婚式の時も一氏君にはお世話になった。パーティードレスとかもよく仕立ててくれるし、本当、お世話になりっぱなし。


「やっぱりそうだったんだー!もしかして景吾のも?」
「そう。」


今日の撮影は結婚式。なんと、模擬挙式と言って、結婚を考えている恋人達が見学しているらしい。小さいながらもちゃんとしたチャペルだし、私のドレスはあの一氏の新作ともあって人の多さ半端ない!


「緊張する…」
「本当の式の時はもっと少なかったからね」
「それにあの時は知ってる人だけだったし」


クスッといつも通り不二君は笑ってカメラを構えながら今日の流れを言っていく。まず挙式、その後撮影メインの挙式、その後ホテルでちょいと濡れ場っぽい撮影。じゃあよろしくね、と不二君は私をチャペルの入り口へ誘導した。


「あ、れ?」
「久しぶりだな跡部」
「……手塚君?」


ああ、日曜日だから手塚君は仕事お休みだよね。しかも、手塚なら楓とバージンロード歩けるでしょ?なんて不二君は爆笑。ちょ、手塚君より真田君のほうが、とフォローを入れると、手塚君も苦笑い。


「まぁ、娘の式だと思ってさせてもらう」
「ふふふっ、まだまだ先だけど…まぁ、それもいいかもね。」


中からパイプオルガンの音が中から流れて来て、手塚君の顔が引き締まる。一歩、一歩と中へ足を踏み入れる。視線の先には景吾がいて…ああ、あの時もこんな感覚だった。両親の居ない私の隣を歩いてくれたのは景吾のお父様だったっけ。タキシードを着た景吾が、ゆっくりと振り返った。また、視界が滲んできた。あの時と同じ。泣いたらメイクが崩れちゃう。


「泣くなよ」
「ん」


手塚君の手から景吾へ移った。手塚君は役を終えたと小さく頷いた。模擬挙式だから、やはり進行兼説明のマイクを持ったスタッフが居て、ひたすら口を動かしている。私たちは普通に式を進めるだけ。誓いの言葉を言い、指輪の交換。や、でも私の左手…指輪はまってますけど。


「二重になるけど、気にすんな」
「え…これ、って」
「ちょっと早い結婚記念日だ」


沢山の人の視線が集まっているのも気にならないくらい、私には景吾しかみえてなかった。私も景吾の指に指輪を。やはり景吾も二重で。視界が滲んで滲んで、遂に決壊した。


「では、誓いのキスを」


促されるまま、景吾に持ち上げられたベール。もはや涙を隠すすべが無かった。また泣いてる、と景吾が親指で頬を伝う涙を拭った。「今回のお二人は結婚四年目のお二人でした」と司会のスタッフが言って、拍手に包まれた。なんだか照れる。する事はしたので、チャペルを後にしようとしたのだが、私の足は宙に浮いていた。と言うのも、景吾が私を姫抱きにしてしまったからで、さらに注目される羽目になった。


「恥ずかしいよ!」
「おとなしくしてろ。落ちるぞ」


仕方なくおとなしくしてあげたが、控え室に戻ったら不二君や手塚君と奥さんが苦笑いで待っていた。流石跡部なんて言いながら。


「サプライズ、上手くいったみたいだね」
「まぁな。」
「不二君指輪のこと知ってたの!?」


手塚君も知っていたし、スタッフも知っていたし…知らなかったのは私だけ。でも結婚指輪の上に重なる細いリングを見るとどんな邪念も無くなるというか、幸せ。


「まぁいいや、ありがとう景吾」


指輪を見つめていると、不二君のシャッターが切られた。







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