最終着点は分からない | ナノ











春日楓。立海大工学部三年。特にこれと言った特技はなく、強いて言えば料理が若干出来る程度。ルックスも平凡。そんな私にも彼氏と言う物は居たりします。私には釣り合ってないような、完璧な彼氏。
幸村精市、その人である。優しい物腰に、全国に通用するテニスの腕前。長い手足、フワフワと揺れる癖毛。どこを取っても完璧である。そんな幸村君と私が知り合ったのは中学三年の頃。幸村君と思いが通じたのはその年の11月頃。鮮明に覚えてるのは私だけかも知れないけど。それでも、実質私達が付き合っている、という状況になったのは大学に入学してからだ。高校の三年間、いや、幸村君と思いが通じてからずっと、私は田舎に帰らざるをえない状況だった。幸村君達はU-17の合宿に行ってしまっていたので何も言えずに居なくなったようなものだったのだけど。
そしてようやく再会出来たのは大学に入ってからだった。でも再会から3年。最近喧嘩ばかりで上手く行っていないのも現状。理由はいろいろだけど、私が幸村君とのセックスを拒むから尚更幸村君は不安になって、お互いの心が乱れる悪循環。
私が一緒に居られなかった幸村君の高校時代。彼は女の子をとっかえひっかえしていたらしい。初めは噂だと思ってたけど、それはすぐに事実だと分かった。幸村君は私をとても大切にしてくれるから、私が嫌がれば何もしない。幸村君とそう言うことをするのが嫌なわけではない。ただ、他の女の子を抱くのと同じように抱かれるのが怖い。体を繋げてしまったら、捨てられるのではないかと思ってしまうのだ。


「どうして分かってくれないんだ…っ」
『ご、めんなさい』


私より、幸村君にはもっと良い人が居るはずなのに。私なんかに執着してくれる幸村君には悪いけど私は幸村君を自由にしてあげたい。その旨を伝えるのは今回で何度目か。
私の肩を掴む幸村くんは凄く辛そうに顔を歪めている。この光景は最近では見慣れてしまった。私のせい。


『幸村く、!』


噛みつくように重ねられた唇は、私を捉えて逃さない。こうなってしまえば私は幸村くんが離れるまで、窒息する寸前まで、ずっと。いつからだろう。このキスが怖いと思い始めたのは。後頭部に回った手も、私の腰を撫でる手も。大好きだった幸村君の手が怖い。首筋に流れていく唇。嫌。


『やっ、…こわいよ、幸村君』


幸村君は優しい。だから、私が嫌がればすぐにやめてくれる。少し乱れた私の服を直してきつく、抱きしめてくれる。幸村君の手は怖い。でも、抱きしめてくれる腕は凄く優しくて、心地いい。だけど今はその優しさが辛い。


「俺には楓しかいないんだ…。嫌われてないなら良い。だから、別れるなんて言わないでくれ」


悪いのは私なのに、どうして私が幸村を嫌いになるものか。幸村君の背中に手を回して抱きつくと、幸村君はさらにきつくだきしめてくれた。やっぱり幸村君に私は釣り合わない。そう感じた。







初めて幸村君に抱かれたのは何年か前。だけど、幸村君の抱き方は欲望に忠実すぎる程激しくて、気持ちよさより、怖さがあった。毎回気絶するまで抱かれて、襲い来る快感の波が怖くなった。だから、最近は幸村と体を重ねていない。きっと、幸村君は欲求不満だと思う。それでも、私は幸村君と体を重ねるのが怖い。そんな私の相談相手は、親友の蘭だ。蘭は柳君と付き合っていて、7年目だ。カフェの隅っこの席で前に座る蘭をちらりと見ると、隠しきれていないキスマークが目に入った。これぐらいの距離になってようやく気付くような場所。計算高い柳君のことだから、きっとわざとだ。本人は気付いてないんだろうけど。


「でも幸村だって男だし、好きな子を目の前にしたら…ねぇ」
「うん」
「蓮二もかなりだよ?」


柳君。柳君もかなりSっ気があるから激しいんだろうな、とは思ったけど。


「はは、だと思う」
「私も意識飛ばすこと結構あるし」


何時だって柳君は蘭が大好きだから、蘭の事になると周りが見えなくなるんだろう。はははと蘭は笑った。蘭と柳君はきっと何があっても大丈夫だろう。私と幸村君はどうかな…なんて。


「でもさ、やっぱり2人で話合わなきゃ駄目だよ。」
「…そう、だよね。」
「うん。…あ、そろそろ私授業だから行くね」
「ん、いつもありがとう。」


本当にいつも感謝しても仕切れないぐらい良くしてもらっている。親友じゃん!と私の背中を叩いた蘭がカフェの外に消えていく。きっと、もうすぐ幸村君が来る。約束をしなくても、幸村君は来てくれる。


「楓?」


冷めた紅茶を飲みながら待つ私に声を掛けたのは、幸村君ではなかった。仁王君だった。仁王君も同じ工学部なのだけれど最近はあまり話をする事も無かった。

「幸村待ちか?」
「うん」
「最近、どうなん?」


仁王君にも勿論私と幸村君の状況は知れている訳で。でもこれは私と幸村君の問題。蘭や柳君だけではあきたらず、仁王君にまで迷惑かけてしまったら申し訳ない。


「俺には相談できん?」
「…あんまり気持ち良い話じゃないから」
「俺は楓の見方ぜよ」

ティーカップを持つ私の手の上から包み込むように仁王君の手が重なった。じわっと目に涙がたまる。仁王君の手は優しくて、少し低い体温が心地よかった。全て分かってるから、吐き出して良いんだよ、と言ってくれているような手。こうやって、仁王君は私が辛い時にいつも近くで居て支えてくれる。そして、仁王君に支えられることで、私自身、苦しかったんだと実感する事もあった。


「もう直ぐ幸村が来る。泣くんは我慢しんしゃい。」
「うん」
「連絡くれたら、話聞くし。な?」


ゆっくりと手が離れていく思わず自分からその手を捕まえようと手を伸ばそうとした。その時、向こうから歩いてくる幸村君が見えたがら、やめた。幸村君は私が必要以上に他の男の人に触れることを嫌う。たとえそれが仁王君しかり、ジャッカルだったり丸井君だったり、柳君でさえ。


「楓に仁王じゃないか」
「よぉ」
「幸村君待ってたら、一緒になって」


幸村君が余計な心配をしないように。他の人と居た時は自分から報告しないようにしている。幸村君が心配する事なんて何もないんだよって。


「そうなんだ」
「じゃあ仁王君。また明日」
「ああ」


二人で立ち上がって、私は幸村君の横に立って、仁王君に手を降った。そうすると反対の手は当たり前のように幸村君に捉えられた。いつもなら抵抗なんてしないのに、なぜか、体が勝手に反応して振り払ってしまった。その私の反応に幸村君だけでなく、去ろうとしていた仁王君も目を見開いて驚きを示した。私自身も驚いている。


「ご、ごめ…ごめんなさい」


今までこんな事一度も無かった。幸村君を起こらせてしまったかもしれない。今までに数回、幸村君は私に手を上げた。無理やり犯された事もある。また、幸村君にそんな事をさせてしまうの…?怖い。一気に私の中を恐怖が支配した。怖いよ。
カタカタと震える私の手を優しく包み込んだのはまた、仁王君だった。


「楓、さっき机の角で手打って痛かったんよな」

屈んで私に視線を合わせた仁王君は俺にあわせればいいと強い目で私を見る。私はそれに従って、小さく頷いた。幸村君の眉間に皺が寄る。


「そうじゃ、幸村。少し話したい事があるんじゃった」
「へぇ」
「二人で話したい。楓、ええか?」
「え、え?うん」


じゃあ、またな。と仁王君は私の背中を押した。仁王君の顔が私に近づいたときだ


「     」


仁王君の呟いた言葉に私は従う。幸村君は何も言わなかった。

仁王君に触れられたとき、私はあることに気づいた。仁王君の手は冷たい。でも、温かい。優しさの滲む手。幸村君の手は、昔と変わらないようで、全く違う。今の幸村君の手は、温かいけど、冷たい。









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