最終着点は分からない | ナノ










半引きこもり生活をしていると、時間が経つのが遅く感じる筈なのに、何故かあっという間に一日が終わってしまう。気がつけば少し肌寒い季節、そして、景吾の誕生日が近い。数ヶ月で私が変わった所と言えば髪を切ったぐらい。って言っても二センチぐらい。だって髪が長い方が式を上げる時に綺麗だって景吾や義母さんが言うものだから。
景吾は最近とても忙しいみたいだ。でも一日に一回は子供に向かって10月4日だぞ、10月4日に産まれるんだ。と何かの呪文のようにお腹に語りかける。予定日は10月の中旬だからちょつと難しいと私は思う。
景吾の誕生日と言えば、私は何をプレゼントすれば良いのか。やっぱりこういうときは昔から景吾を知っている人が良い。


「だからって、なんで俺なんですか」
「だって忍足君はデートで、宍戸君は先約があってダメだって言うから。」
「鳳とか樺地とか芥川先輩とか向日先輩がいるでしょう」
「うん。だから長太郎君、呼んでるよ?」


この人は、天然すぎる。跡部さんが楓さんに惚れたと言うのも俺には理解し難い。確かにこの人は綺麗だ。その辺の女では比べ物にならないほど。だが、他の男の子供を身ごもっているのに、それをふまえてまで結婚に持ち込んだ跡部さんの気持ちがわからない。性格も、如何にも男ウケがよさそうな感じ。全く持って跡部さんの気持ちがわからない。


「そもそも家から出てきて良いんですか?」
「……ハハハ」
「…抜け出して来たんですか」
「買い物するだけだから、お願い!」


ただ、理解できていないだけであって、この人が嫌いではない事だけはわかってほしい。どちらかと言えばlike。


「…跡部さんに怒られるのは俺達なんですよ」
「う、バレたらちゃんと私が説明するから…」
「当たり前でしょう」


俺の返答をイエスと受け止めた楓さんは感謝の言葉を並べて満面の笑みを浮かべた。子供みたいに無邪気に笑う人だ。本当に年上なのか疑いたくなる。


「長太郎君、遅いね……あ、」


携帯を開いて止まったのを見て、嫌な予感がよぎった


「なんですか」
「長太郎君用事できて来れないって」


…マジか。









こんな所を跡部さんにでも見られたら今後が心配だ。二人きり…有り得ない。でもこの人を1人で町に送り出すのも俺の人道に反するから、とりあえず付き添い。俺に跡部さんに何をプレゼントすれば良いか聞かれたってそんなのよくわからない。だって俺は跡部さんのように金持ちでもなかったから、普通のプレゼント…ネクタイとかハンカチとか。そんなもので良かった。価値観的に楓さんとはつりあいがとれているから、俺と楓さん2人が考えた所で結局俺達が考える以上のものはない。鳳がいたらまだましだったんだろうけど。全く。


「香水は、どうですか?」
「でも、なんかオーダーメイドのやつ使ってるよ?」
「じゃあアクセサリー類は」


如何にも、それだ!と言わんばかりに楓さんは嬉しそうに顔を上げた。近くに、俺がよく利用する店があります。と言うと、じゃあそこ、とあっさり承諾。その店は、自分でデザインしたものなどを手頃な値段で用意してくれるから、かなり気に入っている。自分だけの一品が手に入るから、他人と被るのが嫌いな俺からすれば最高の店。


「日吉君もアクセサリーとかつけるんだね」
「あまり派手なものは付けませんけどね」


楓さんが吟味している間に俺も何か良いものがないか物色していると、ポケットで携帯が振動した。ディスプレイには跡部景吾の文字。一旦店から出た。


『お前今どこに居やがる』
「いきなりなんですか」
『楓が脱走したんだとよ』
「楓さんも子供じゃないんですから、そのうち帰って来るでしょう」
『じゃあちゃんと連れて帰ってこいよ、若。』


一方的に切られたそれで全て理解した。跡部さんは初めから全てわかっていたのだ。鳳あたりが何も思わずに口を開いたのだろう。まぁ、跡部さんが過保護過ぎる所もあるから、楓さんがこれぐらいしたってバチは当たらない。


「日吉君のおかげで買えたよ。ありがとう。」
「あ、いえ。」
「もしかして景吾から電話だった…?」
「…違いますよ」
「……そっか!じゃあ帰ろう」


楓さんは、ニコッと笑った多分本当の事に気がついている。楓さんは待ち合わせ場所まで電車で来ていて、俺は家から最寄りの駅に車を留めて来た。しかし、俺には彼女を家まで送り届けると言う任務が出来たから、どうしたものか。俺の車がある駅と、楓さんが向かう駅は真逆だ。


「じゃあ日吉君、今日はありがとう。」
「待ってください」
「?」
「駅から車で送ります。」
「え、え?大丈夫…」


細い手首を掴んで電車まで連行しようとすると、簡単に付いて来た。小さく彼女は何かを呟いたが、聞こえなかったフリをしよう。
電車の中は予想よりも混んでいたため、立ったまま。揺れる度にふらぁ、ふら、とよろける楓さん。座ってる奴、譲れよ。仕方なく楓さんの肩に手を回した


「俺に捕まってください」
「…ごめん。ありがと」


半ば俺に抱きつく感じで楓さんは落ち着いた。少し視線を下げると楓さんの旋毛が見える。つまりそれぐらい楓さんは小さいのだ。
ゆらゆら揺られて、次の駅で降りますと囁くと小さく頷いた。


「日吉君家、この辺なんだね」
「はい」
「へぇ」


助手席で景色を楽しみながらお腹に話しかけたり、俺に話しかけたり。


「あ、ちょうちょだ」


…何歳だ








「日吉君、今日はありがとう。助かった」
「いえ。」


跡部邸の前で彼女を車から下ろすと、門が直ぐに開き、跡部さんの執事が向こうから早足にやってくるのが見えた。それに、楓さんも気づいて眉を下げた。それから、カバンから小さな箱を取り出して俺に突き出した。


「今日のお礼。気持ちだけど、使ってくれたら嬉しい」
「そんな、」
「じゃあ、本当に今日はありがと。またね」
「ちょっ、楓さん!」

俺の言葉を聞かないで家に向けて歩き始めた彼女は、もう振り返らないだろう。あきらめて、帰る事にした。さっきの店のロゴが入った箱には、タイピンが入っていた。俺が今日見た中で、目星をつけていたもので、実は楓さんは俺をしっかりみていたようだ。本当、抜けてるのか抜けてないのか分からない人だ。






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