最終着点は分からない | ナノ









切原に言いたかった事、俺が楓を幸せにすると言いたかった。なのに、切原が走って行った方に行っても背中すら見えない。かなり走ったんだろう。あまり楓を待たせる訳にも行かないから、あきらめて踵を返した。楓が待っているであろう場所に近付くに連れて、周りの様子が可笑しい。修羅場、言いがかり、聞こえてくる単語を聞けば、女同士の喧嘩のようだ。関係ないと思いながらざわざわと波打つ心臓は収まらない。彼女は関係ない、自分に言い聞かせても無意味。幸村君の元カノ、そんな単語が聞こえたところで、最悪の状況が目に浮かんだ。
一際人が集まるそこに、楓が居る。


「っ、どいてくれ!」


フラフラと立ち上がった所を見ると、突き飛ばされた?


「楓!」
「景吾…」


そのままの勢いで、胸に納めた。強張った体、それほど怖かったのだ。


「っ、」
「楓?」


痛い、表情で分かるほどの激痛なんだろう。ギリッと握り締められた服に皺が刻まれた。頭の中がぐちゃぐちゃになって、思考回路が結びつかない。けいご、小さく呟かれた声。そうだ、俺は、楓を護りたい。それだけ。


「病院、!」



********



少し強い衝撃だったみたいですが、赤ちゃんにも、お母さんにも命に関わる事は今の所有りません。
他にも今回の痛みについてつらつらと述べられた事を聞いたが、俺は二人が無事だったらそれでよかった。
スヤスヤと眠る楓の手を握って居ると初めて会った日に戻った気がした。早く起きて、声が聞きたい。あの時はこんな事を思っていた。でも今は、起きるだけでいい。そっと額にキスを落とした。


「好きだ、楓…」


好きよりもっと、大好き。大好きよりもっと、愛してる。言葉で言い表しきれない程の気持ちをどうすれば伝えられるのだろう。

眠る楓を見ていると、丸井とジャッカルが見舞いに来た。この二人が居なければ、きっと最悪の状況を避けることは出来なかっただろう。


「助けてくれて、ありがとよ」
「…」
「なんだ」


礼を言っただけなのに、二人は目を見開いた。


「あの跡部の口からありがとうが聞けるなんてな」
「アーン?俺様を何だと思ってやがる」


静かに椅子を出して腰を下ろした2人はヘラヘラと笑った。それからは進路の話に変わった。二人とも無事就職が決まったらしい。面接の為に髪を暗めの茶色に染めないといけなかった、と丸井は愚痴をこぼし、就活で忙しくてなかなか楓に会えなかったから元気そうで安心したとジャッカルは零した。こんな事がなければ2人とこんな話はしなかっただろうし、何より2人は楓と顔を合わせることも無くなっていたのだから、今回の出来事も悪いことだけではなかったのかもしれない。
ピクッと握っていた楓の手が動いた。


「…楓?」


ゆっくり持ち上げられた睫毛。その瞳に俺が映った。


「景吾、私、」
「大丈夫だ。無事だった」
「そ、っかぁ…よかった」


体を起こそうとする楓を支えてやりながら、痛みが無いか尋ねた。どこも痛く無いらしく安心した。


「丸井君にジャッカル、ありがとう。ジャッカル、背中大丈夫?」
「ああ、気にすんな。無事でよかった」


こうして話すのも久しぶりだね。と三人の会話が弾み始めた所で俺は飲み物を買いに行く事にした。(勿論人数分)




「跡部が自らパシった…」

目を丸くして丸井君が感嘆の声を上げた。


「跡部も丸くなったんだな。付き合ってんだろ?」
「うん。」


出会った頃から比べても明らかに景吾は変わったと思う。コンビニの正しい利用法を覚えて、自動販売機を利用するようになって、電車にも乗るようになった。私達にとって当たり前のことだけど、景吾にとっては新しい世界観だったと思う。クスリと思い出し笑いをすると、丸井君とジャッカルは顔を見合わせて小さく笑った


「なんか変?」
「いや、そんな笑顔久しぶりに見たからな」
「なんとなく苦しそうに笑ってたの、気づいてなかっただろぃ?」


きっと、2人が言っているのは幸村君と付き合っていた頃の事だと思う。だからこそ今、私が笑えて居るのはひとえに景吾の御陰だと断言できる。


「今、幸せ?」


赤也君も、二人も、私が幸せかどうか気にしてくれて居た。普通なら、友達の元カノなんてどうでもよくなってしまう。例え、仲間だったとしても。
やっぱり、こんなに私は大切にしてもらっていたんだ。


「うん、…凄く、幸せ。」


つい涙ぐんでしまった。ちょうど、タイミングを見計らったように帰ってきた景吾が目を丸くして、私の頭を撫でた。


「どーした?」
「…ううん、何でもな…!」
「?」


いきなり言葉を詰まらせたから、不思議そうに顔を覗き込まれた。


「、動いた」
「動いた?」


何も知らない二人は頭に?を浮かべている。景吾は私のお腹に触れた。少し手が震えている。


「妊娠してるの」
「え、それ、」


二人に説明していると、また動いた。しっかり、生きてる。嬉しい。きっと景吾にも伝わっただろう。
状況を飲み込んだ二人が我先にと手を伸ばした。


「バッカ!触んな、手洗ってから触れ!」
「バッカってなんだよ跡部!キャラ変わってんぞ!」「知るか」


丸井君と景吾のやりとりが可笑しくて笑うと、二人もジャッカルも笑った。誰も予想出来なかったと思う。こんな、光景を見ることができるなんて。


「跡部!楓ちゃんは!?」


ドタドタと騒がしく、遅れて参上したのは忍足君を始め、氷帝のみんなだった。三人が私に群がっているように見えるだろう。元気だよ、と手を振ると、丸井君とジャッカルを押しのけて岳人君が抱きついてきた。…のを景吾が抑えた。


「クソクソ跡部っ!ズルイぞ!」
「うるせぇ」


やいやい言うなや、と忍足君が騒ぎを聞きつけて来た看護婦さんに頭を下げている。看護婦さんは、落ち着いたら帰ってかまいませんからね。と(若干イケメンに目移りしながら)去って行った。
多少五月蝿くても注意されないのはイケメンがいっぱいだからだと思う。本来ならうるさいのはいけない、でも、今の私にはこの騒がしさが心地いい。






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