最終着点は分からない | ナノ










授業が終わって、この間の彼女との待ち合わせ時間までをどう過ごすか考えて居ると震えた携帯。相手は幸村部長。楓先輩のことだろうと直ぐに理解できた。


「もしもし」
“ああ、赤也?”
「ッス」
“今大学内に居る?”


場所を告げると、そこから動くなと言われて切られてしまった。幸村部長の声色がいつもとは違っていた。今からされる話は良い話なのか悪い話なのか分からない。俺は楓先輩の隣に居る幸村が好きで、幸村部長に笑いかける楓先輩が好きで、ただ、2人が死ぬまで幸せに暮らすんだと疑ったことはなかった。だから別れた時は許せなくて、幸村部長から離れた楓先輩が嫌いになった。2人が離れることが、許せなかった。


「赤也、」


そう離れた場所に居たわけではない様子で、幸村部長が颯爽と現れた。近くにいる女子がざわめく。昔から変わらない事なのに、俺は嫌だった。幸村部長には楓先輩が居るのにいつまでも騒ぎ立てる女子が、楓先輩と別れればいいなんて陰口を叩く女が嫌いで、吐き気がした。


「幸村ぶ…さん、どうしたんすか?」
「ああ、この間の電話の事なんだけど」


何時までも俺は部長じゃない。と言われ続けて未だに直らない癖。幸村部長は何時までも俺の目標で有ることは変わりなくて、テニスでも、楓先輩も、全部が憧れだった。幸村部長より強くなりたい。楓先輩みたいな人を見つけたい。すべての基準が幸村部長だった。そこで気がついた。俺が幸村部長と別れた楓先輩が嫌いなのは、俺が楓先輩に恋をしていたからだと。俺が認めた人以外に楓先輩を奪われるのが許せないからだ。

「あのことは解決したから、忘れてくれ」
「なんで…っすか?あんなに楓先輩が好きだったのに…!」
「もう、いいんだ。跡部の名前を呼ぶときの楓が、凄く幸せそうだったから」


俺は泣かせることしか出来なかった。幸村部長はそう言って自嘲したように笑ったが、俺はそう思わなかった。俺の知っている2人は仲がよくて何時だって笑顔で、幸せそうに寄り添う2人。


「そんなの…っ違う!」
「赤也?」
「あんたたちは一緒じゃなきゃ駄目なんだよ!」
「赤也目が…!」


赤目になっていたって構うものか。周りの視線が集まっているのだって分かっている。だけど、俺は自分を制御する事ができなかった。幸村部長の襟元を掴んだ手に誰かの手が触れた


「何してんの」
「らん、先輩」
「こんな所でもめ事か?」


蘭先輩と柳先輩が俺と幸村部長を引き離して間に入った。2人の登場で周りが更にざわめく。二人は学校公認のカップルで、婚約までしているのだからみんなのあこがれになるのは当たり前の事。つい数ヶ月前までは幸村部長だってそうだったじゃないか。


「赤也、目薬は?」
「持ってない…す。」
「はぁぁぁぁあ?」


舌打ちをしながらガサガサと自分の鞄を漁る蘭先輩は、誰が見ても可愛いだろう。サバサバした性格は見た目とのギャップがあるが。元々可愛かった。柳先輩と付き合い初めてからどんどんきれいになっていく先輩。同じぐらい綺麗な楓先輩。


「…なにがあったのか知らないけど、心配させないでよねー」


この後で合う予定にしていた彼女との約束をキャンセルにさせてもらって、真っ直ぐ家に帰った。ベッドに倒れ込んで考えるのは楓先輩の事ばかりで、ただ、言葉に言い表す事が出来ないような思いが溢れてくる。
無意識に伸びた手は、携帯のアドレス帳から先輩の名前を呼び出していた。


“もしもし”


声をこんな風に聞くのは久しぶり過ぎて、懐かしかった。


“…赤也君?”
「せんぱ…っ、」
“ど、どうしたの?”


俺、と言ってから次の言葉が紡げなかった。何を言えばいいのか、先輩の声を聞いたら胸がいっぱいになってしまったから。


“あの、”
「…なんっすか」
“私、今病院に居るんだ…だから、いつでもいいから赤也君の都合の良い時にあえないかな?”


俺たちから距離をとったのは先輩なのに、先輩は全く変わらなくて嬉しく思う反面、どうして他人みたいになったんだと言う疑問も浮かび上がる。その疑問は直ぐに解決した。俺は、先輩が幸村部長と別れたとき、あんなに先輩が嫌いになったじゃないか。先輩はそう言う感情の変化を予期していたからこそ、俺達の為に距離をとったんだ。俺達が不快な思いをしないように、と。


「明日、学校で。俺、授業午後からなんっす」
“了解。じゃあ、時間とかはメールで。”


俺が切るまで繋がったままの携帯。マナーってやつ?が先輩は完璧だから。テーブルマナーだって、言葉遣いだって、いつも完璧。そう言う面では、あの跡部にも釣り合っているし、寧ろ美男美女でお似合いだと思った。


************



赤也君から電話があった時、私は景吾と一緒に病院の駐車場に居た。何ヶ月も話したりしていなかったから、私は自分が普通に話せているか不安だった。赤也君は昔と何ら変わりない口調で言葉を紡いで、私だけが意識しているみたいだ。なかなか言葉を発さない赤也君は、きっと感情だけで私に掛けたんだと思う。言いたいことがあるのに、きちんと纏められていない時、気持ちだけが先走る赤也君には、よくあることだった。だから、別の日に会おう、と切り出したのにそれが明日だなんてビックリした。


「切原か?」
「うん。話があるみたいなんだ。」


だから、明日会う。と告げると、景吾は少し考えた後、俺も行きたいと言い始めた。赤也君に聞かなければならないし、駄目。と言っても景吾は頷かなかった。絶対に行く。と言い張る景吾に疑問ばかりが募る。逆にどうして来たいのか聞くと顔を背けてつぶやいた。


「嫌な予感がするんだよ」
「嫌な予感?」
「ああ」


普段の景吾からは想像出来ないような弱々しい顔で私の髪にキスを落とした。何かあると怖い。と。
景吾がここまで言うのは初めてだったけど、忍足君から景吾の第六感はよく当たると聞いたことがあるし、とりあえず赤也君に聞くだけはしてみようと思った。

寧ろそれで


赤也君らしい絵文字付きで、返ってきた内容は、景吾の同伴を了承するものだった。よくよく考えれば景吾が立海のキャンパス内に入るのは初めてだ。
話は変わって、そろそろ大きくなるお腹が隠しきれなくなってきていた。未だに景吾や、景吾の両親は私が休学するのが不満みたいだった。大学を卒業したら景吾はイギリスへ帰る予定らしいからだ。日本にいつ帰ってくるかも分からないから、退学でもいいのに、と。育児をしながら学校へ通うのも大変だろうし、私のことを考えて言ってくれているのが分かるからこそ悩んで悩んで、未だに揺れているのだ。


「まだ胎動は感じない?」
「はい」
「そろそろ動くはずだから、楽しみね」


エコーで映される画像を食い入るように見ている景吾は可愛い。初めて見るわけでもないのに、いつだって興味津々だ。私の頭を撫でて、楽しみだなと笑う景吾が、好きだと実感した。







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