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仕事に追われてばかりで暫く帰っていなかった実家に帰ってきた。特に何か行事があった訳でもないのに突然帰ってきた私を両親は当然驚いてはいたが、笑顔で迎えてくれた。理由も滞在期間も言わない私に何かを感じ取ったのだろう。
そして帰省二日目の夜だった。夕方になり辺りが暗くなり始めた頃、長らく連絡も取っていなかった幼なじみが私を訪ねてきた。おそらく私が帰省していると母が彼の母に話したのだろう。季節外れの大量の線香花火を安っぽい袋に詰めて玄関先で待っていた彼は昔と何ら変わりの無い表情でひらひらと手を振った。


「暇でしょ?ちょっと付き合ってくれない?」
「決めつけないでよ。まぁ、暇だけど」
「相変わらずねぇ」


玲央も相変わらず綺麗だね。とは口が裂けても言えなかった。
隣に並んで歩く彼は私が知っている彼よりもいくらか大人びて更に格好良くなった。大人の色気と言うのだろうか、ふわりと香る上品な香水は確かに私を惑わせた。知っている筈なのに知らない人のようだったのだ。いつの間にこんなに彼との距離が出来ていたのだろうか。


「いきなり帰って来たらしいじゃない。」
「…まぁ、ね。」
「おばさんが吃驚してたわ」


口に手を当てて笑う姿はやはり綺麗だった。女の私なんかよりずっとずっと洗練されていた。その事実がチクリと胸を刺し、同時にその痛みにさえ懐かしさを覚えてしまった。やっぱり玲央は私なんかと一緒に居るべき人ではなかったのだ。そんな思いを今だけは振り払い前を見つめた。


「で、どこに行くの?そんなにいっぱい花火持って」
「そうね…当ててみて?」
「玲央の家の近くの河川敷」
「…本当、昔から変わらないわね。」


私が変わらない代わりに玲央がいっぱい変わってしまっただけなのにね。
昔は花火をすると言えばこの河川敷だった。それも中学生までだったけれど、私にとって花火はこの河川敷で玲央とするものなのだ。


「名前が線香花火好きだったから買ってきたのよ。」
「だからってこんな寒い時期に…」
「良いじゃない。ほら、」


しゃがんで準備を始めた玲央に習って私もしゃがんで成り行きを見ることにした。どんなに彼の手元を見ていようとしても、伏し目になって長さが強調された睫やすっと通った鼻筋を見つめてしまって、それどころではなかったのだけれど。
ねぇ、どうして急に花火なんかするの、どうして会いに来てくれたの、どうして…線香花火なの。聞きたいことは沢山あるのに聞けなかった。


「これ、ろうそくじゃなくてアロマキャンドルじゃんか」
「そうよ、だって無かったんだもの」
「堂々と言わないでよ」


場所にそぐわない甘い香りが鼻を掠め、それはだんだんときつくなっていく。玲央は安物だと言ったこのキャンドルが果たして本当に彼の言うとおりの安物なのだろうかと、それすら疑ってしまいたくなるような香りだった。
一袋出して渡された線香花火は私と彼が一つずつ持っても何の問題も無いとでも言わんばかりの出で立ちで玲央の横に鎮座していた。あれだけの量を私たち二人では今日一日使い切ることはきっと出来ないだろう。


「ほら、名前もやりましょう」
「うん」


既に玲央の手には火のついた花火が赤く地面を照らしていた。私も火をつけて、長く火を持たせようと息すらこらえて見守った。この花火をするときは決まって無口になってしまうので、そのまま二人で黙々と火を灯しては直ぐに儚く落ちてしまうそれを見つめた。


「彼氏と別れたんでしょう」


そっと語りかけてきた玲央の言葉を私は聞こえない振りをしてやり過ごそうとした。今の私にとってこの話は傷口に塩を塗るどころか抉るようなものだったのだ。まさかこの歳になって振られて有休取ってまで帰省してきた私を玲央も馬鹿だと思っているのだろうか。


「どうせ可愛くない女だとでも言われたんでしょうね」
「…玲央には分かんないよ。可愛くない女の気持ちなんて」
「当たり前じゃない。私は男なんだから」


ハッとして顔を上げたせいで私の線香花火は落ちてしまった。彼のも同様に明るさを失って私達の顔を照らすのはアロマキャンドルだけになった。伏せていた目線を私のほうにしっかりと向けた彼の顔に笑みは無かった。


「ずっとあなたは私を男としてみてはくれなかったけれど、私は男なのよ」
「そんなことない、もん」
「いいえ。ずっと私は名前を見ていたけれど名前は一度だって私を見ようとはしてくれなかったわ」


悲しそうに顔を歪める彼を見ていられなくて視線を逸らした。見てなかったわけじゃない、ただ、私は貴方の隣に居てもいいような美しい人ではないから。
小さい頃から誰よりも玲央を見ていた私が彼に恋をしないわけがなかった。ずっと私は玲央と居られるのだと小学生の頃は思っていたし、好きだという気持ちだって蓋をしているのに溢れているのだから。でも中学生になって玲央がバスケで頭角を現し始めた辺りからどうにも自分に自身が持てずに無意識に彼と距離をとってしまったのだ。きっと私がもっと強ければ今頃私と玲央は今とは違った形だったのかもしれない。


「今まで何人かと付き合ってきたけれど、私はやっぱり名前が好きみたい」


本当はもっと昔に言うはずだったのに上手くいかないものね。玲央はそういって次の花火に火をつけた。きっと、いや絶対、私の気持ちを言うのなら今だと思った。それでもなかなか私の口は思うように動いてはくれなくて。


「まぁ、要するに可愛くない女でも好いてくれる物好きは居るってこと」
「玲央私…も、私も玲央がいい。…玲央じゃなきゃ、嫌」


まさか彼も私が彼を好いているとは思っても居なかったのだろう。ジャケットの袖を握り締めて私が精一杯の声で告げた気持ちに暫く彼は反応しなかった。きっと彼の中でも私と同様で私は絶対手に入らないものとして位置づけられていたのだろう。ドラマみたいな話だけれど距離が近すぎて見えるものさえ見えなくなっていたから、お互いにお互いを手の届かない人みたいに思ってしまったんだ。


「玲央好きだよ」
「…そうね。私も愛してるわ」


気温が下がったせいで玲央の手はとても冷たかったけれど、触れた唇はとても温かかった。


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センチメンタルに夜明けの時を様に提出



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