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「俺、頑張って働くから。ちゃんと結婚資金貯めるから、そん時は結婚しよう」

二年前の今頃、私より2つ年上の高尾が大学を卒業する時彼に言われた言葉である。それが何時とは言われず今まで来た訳だけども、大学の卒業式を数日後に控え、就職も内定している今、大変困った事に気がついてしまった。
月のあれが来てない。あれ、いつから?と考えてみると、手帳のページを遡るだけで顔から血の気が引いていった。と、取りあえず、取りあえず薬局…!!と財布とコート、マフラーを慌ただしくとってムートンブーツに足を入れた。高尾は毎週3日私に会いに来てくれるのだが、今日はその日で、後三時間もすれば確実に来る。最寄りの薬局までは少し距離もあるしと早足になって、ハッと気づいた。転んだらどうするんだと。気のせいであったとしても注意するに越したことはない。
薬局で安くもなく高くもない、一番真ん中の値段の検査薬を買った。レジのおばさんが、いかにも「おめでたかしら、あらぁ」みたいな表情で、目が合うと微笑まれたので取りあえず笑っといた。
帰宅してすぐトイレに駆け込み、結果を見てどうすることも出来ず立ち尽くした。あー、どうしよう。正直に言うべきなのだろうけど、おろさなければならないとなった時、それはもう遅すぎる。気づかなかった私の過失。悪い想像ばっかりが堂々巡りする中、高尾からのメールが届き、後十分で到着する事と明日が休みだから今日は泊まる旨が書かれていた。とりあえず今は何もなかった風を装っていなければ。


「ただいまー」
「おかえり。って、自分の家じゃないでしょ!」
「家も同然っしょ」


夕食の準備をしている私をよそに、慣れた手付きで上着をハンガーにかけて着替え始めた。一流企業に就職している高尾は、その辺のサラリーマンより収入も良ければ、それなりに身なりもしっかりとお金をかけてて、元々整った顔とスタイルを引き立たせる要因にしかならないスーツはブランド物。最初の頃は適当にその辺に投げていたスーツをハンガーに掛けるように教育したのは私だ。きちんと横目で確認するのはもう癖となっていた。しかし、今日はそんな事をしながらも、検査薬がバレないかと気が気でなかった。何かにつけ、高尾が隠し場所の近くに行くたびに気になって仕方が無く、必要以上に反応してしまっていたと思う。


「なぁ、何かあった?」


だから、高尾が私の違和感に気づくのなんか当たり前で、寧ろお風呂が終わるこの時間まで何も聞かれなかったことの方が奇跡。高尾は、髪をタオルで拭いていた私の手を握って止めさせ、体を高尾の方にしっかり向けさせて真面目な顔をした。まっすぐに見つめられると私が嘘をつけないと知っていて、目をそらせないようにして私に聞いた。


「隠し事は無しって約束だったろ?」
「…高尾、ごめんなさい」


目を逸らすことも、黙りを決め込む事も出来ず、しばらく見つめ合っていたが、ついに高尾のまっすぐな視線に耐えきれないで泣き出した私に優しく微笑んだ。ごめんなさいと私が素直に非を認めた事で簡単に許してくれたようで、私の額に軽くキスをして、高尾はパジャマのポケットから何かを出した。
それは、さっき私が隠したはずの、


「隠し場所ばっかチラチラ見てっからさー、見つけちゃったわ」
「な、…な…、っ」
「隠さなくても良かったんだよ、俺のせいなんだから。」


ちゃんと始めに入っていた箱に仕舞い直していた中身を取り出して嬉しそうに眺めている高尾と、驚きで涙も引っ込んだ私。パッケージの説明と、使用済みのそれを何度も見比べては顔を綻ばせる彼を見ていると、どうしても自惚れてしまう。


「高尾、私…産んでいいの…?」
「は!?あったりまえだろ!まさか、何か不都合とか?」


私が中絶を考えているのかと勘違いして、さっきまで緩んでいた顔が強張った。しかし、ふるふると首を横に振って抱きつくと、軽い笑い声と溜め息を吐いて高尾の腕も私に回された。


「吃驚させんなよー」
「ありがと高尾」


お互い、首もとに埋めていた顔を上げて自然と視線が絡み合い、キスをした。啄むような軽いキスばかりをひとしきりした後高尾が立ち上がり、仕事鞄の中を漁って何かを取り出した。再び私の隣に座った彼は手に小さな箱を握っていて、私に向けて蓋を開けた。


「順番、ちょっと狂ったけど…。俺と結婚してください」


キラキラと光る指輪は、夢にまで見た物だった。せっかく一度止まっていた涙が再び視界を滲ませたが、一生懸命頷いた。


「おねがいします…っ」
「ほら、左手」


催促され、差し出した左手の薬指にはもうすでに指輪があったが、高尾は気にせず、その上に重ねて指に通した。どさくさ紛れに手の甲に唇を押し付けて、上目遣いで笑った。


「明日、実家寄ってから区役所行こうな」
「!っ、うん」


明日、私も高尾になるんだと思うと胸がくすぐったい。両親公認の彼氏であったから、反対などされる訳もなく実家を後にするのは目に見えていた。そもそも、稼ぎもルックスも性格も、否の打ちようがない彼との結婚を反対するような人はなかなか居ないだろう。
まだ少しも大きくなっていない下腹部に、高尾が手を触れた。それだけなのに、何故か全身を包まれているかのような安心感が沸き起こって、高尾の手の上に私も手を重ねた。


「絶対、俺親バカになる自信がある」
「あはは、確かに。でも、私だって負けないよ」
「名前、何にするか考えねーとな」
「うん」


まだ性別も分からないし、産婦人科にさえ行っていないにも関わらず、名前を考えるのは気が早すぎるかもしれない。そう思いながらも未来予想は尽きなかった。
寝る間際になって、布団に入っても高尾は何度も私のお腹を撫でて私にキスをした。少しでも、彼が産むことを拒否するかもしれないと想像してしまったことを恥じた。こんなにも彼は私を愛してくれているのだから。これから先もずっと、一緒に居られるなんて、私は今世界一幸せ者だ。




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アイオーン様に提出


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