緑間の涙を、私はとても綺麗だと感じた。黒子に負けた時は雨に打たれていたせいか、涙は分からなかった。だから私は、初めて緑間の涙を見た。観客席からだと距離があるのにそれははっきりと私の視覚を刺激した。いつもなら、勝ってすぐに観客席の私を見上げるくせに、今日だけ見上げてくれないのは負けたから?手すりを指が白くなるほど握りしめたままでしゃがんで泣く私を、周りの観客は「ああ、秀徳の応援か」と哀れむように見ていた。 次の海常と誠凛の試合が始まる前に私はそこを離れて選手控え室に向かっていた。部外者の私がそこに入ることを許されている訳ではないけれど、できるだけそばに居たいと思うのは本能に近かった。秀徳の控え室の扉の脇で膝を抱えて俯いている私は、さぞかし奇っ怪なのだろう。 「…お前、緑間の」 「…ぁ…宮地先輩」 一番に部屋から出てきたのは宮地先輩。彼は私の中学時代からの先輩であり、あまり話すことはなかったが存在だけは認知されていたようだ。(私はもちろん緑間つながりで認識していた。)彼も泣いていたのだろう、目の周りが少し赤かった。 「緑間ならまだ出てこねーと思うぜ」 「…はい。」 「……ずっと待ってんのか」 「…待ちたいんです」 お互いに泣いた後の顔で酷いものだと思うが、私は宮地先輩をしっかりと見上げた。お疲れ様でした、その一言が私の口から出て行くには時間がすこしかかってしまったけれど。 「あー…うん。さんきゅ」 「先輩。泣かないでくださいね」 「…泣くかよバーカ。」 くしゃくしゃと髪を撫でられてしまって、宮地先輩の顔は見られなかったけど、なんとなくどんな顔をしているのかわかってしまった。泣きたいなら私の胸をかしてあげましょうか?とかいつもみたいな軽口を叩くことは出来なかった。 「緑間、苗字来てんぞ」 私の頭から手を離し、控え室の扉を開け、先輩が緑間に声をかけると意外にも直ぐに緑間は出てきた。 「みど・・・」 私が名前を言い終える前に、私の手をつかんだ緑間はさっさと去ろうとする。宮地先輩は礼もなしか!轢くぞ!といつも通りの感じで何か言っていたが、緑間は気にもしていないかのごとく、人と人の間を縫って私をどこかへ引いていく。身長差が在ればコンパスの違いも大きいわけで、小走りになりつつついて行く。その足は止まることなく会場の外まで続いた。ようやく止まったそこは裏手のベンチ。そこに腰を下ろした彼は私を隣に促した。 そのまま、どれくらい時間がたったのか、ずっと二人でだまって座っていた。何かを話そうと必死になって言葉を探すことも無く、ただ私は緑間の頭の中の整理がついて、言葉をつむげるようになるのを無意識に待っていたのだと思う。 「…俺は、」 「俺は…負けたのだよ」 テーピングを巻きなおすこともまだで、試合後、ジャージを着ただけの緑間の大事な左手はむき出しだった。その手が、ベンチの上で拳を作っていた。私は何かを言うでもなく、その手を守るには小さすぎる私の手を重ねて、拳を緩め、自分の指と絡めた。 「こんな俺を、お前はどう思う」 じっと前を見つめていたまっすぐなその瞳が、ようやく私を捉えた。私がこんなことで彼を嫌いになるとでも思っているのだろうか、いつもの高慢で自信家な彼からは想像もつかないような目をしている。それは私にぐらいしか分からないような微々たる違いなのかもしれないが、私の目には明らかに違って見えた。 「情けない、わがままなだけな男だとおもうか」 「そんなわけないじゃない。緑間は確かにわがままだけど、情けなくないよ。毎日人事尽くしてるじゃん。」 「緑間が強いから好きなんじゃない。ただ、私はバスケを頑張ってる緑間真太郎が好き。負けたっていいの、負けたって私には緑間が一番だもん。」 緑間がカッコいいって私だけが分かってればそれでいいの、と続けたかったがそれは出来なかった。絡めあっていた左手を引かれ、緑間の匂いに包まれたせいだ。さっきの試合の名残で、汗の匂いとシーブリーズの匂いがした。でも不快には感じなかったし、むしろ、等身大の緑間を感じた。キセキの世代といわれても彼は高校生のただの男の子で、私の大切なひと。 「さすが、俺の惚れた女なのだよ」 「ふふふっ、ありがと」 ぎゅうと左手も含めて力いっぱい抱きしめられた。 |