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斜め前の席は、素晴らしく観察しやすい場所だ。黒板を見ていれば必然的に視界に入り込み、わざわざ意識を集中しなくてもデータが取れる。

何の因縁なのか、このマンモス校で、俺と観察対象のこの女は三年間同じクラスであり、しかも苗字が同じであるから故に出席番号も前後で、いくら席替えをしたって俺の周囲に居るのだか。何となく始めたデータ収集も、今では日課。ノートは部活のより多く消費しているかもしれない。


(今日は48分32秒…か)


55分の授業で、この女が最後まで集中しきる授業は少ない。数学、芸術、稀に外国語。それ以外の授業で最後まで集中している姿を見たことがない。

勿論、立海では数多く選択科目がある。しかし、俺と柳名前はすべての選択がかぶっているのだ。ここまでくれば運命か。


「今日はいつもより長かったな、柳」
「柳も毎時間飽きずに頑張るね。」
「三年も続ければ今更やめられない」


メガネを机に置きながら、柳名前は苦笑いを見せた。両手を上げて伸びをした後、前の時間のノートや教科書をしまった。次は移動教室のため、ちらほらと移動をはじめたクラスメートの波に乗り遅れることなく立ち上がった柳名前。彼女に合わせて俺が移動するのも三年目。

つき合っていないのか?と、よく聞かれる。しかし俺達はそんな関係ではない。しかし、最近ふと考える事がある。なぜ俺は彼女にここまで執着しているのか。分からない。ただ、彼女をみていると飽きない、それだけ。


「柳は、高校どうするの?」
「俺は立海に進む。お前は」
「私は女子校にしようと思う。」


思わず立ち止まってしまった。彼女が外部を受験するなんて考えてもみなかった。今までと同じで、高校に入っても同じクラスで、ずっとそばにいるものだと思っていたのに。


「柳?」


急に立ち止まった俺を不思議そうに振り返る柳名前が、数歩しか離れていない筈なのに、とてつもなく遠くに居るような気がした。本当か、と訪ねると、何時もの苦笑いを浮かべて彼女は笑う。


「…そんな反応、期待しちゃうからやめて」
「!」
「ほら、行かないと授業おくれちゃう」


俺に背を向けて歩き始めた柳名前の手を無意識に掴んで引き寄せた瞬間、俺はようやく気づいた。この女は、俺にとって大切な人なのだと。俺は、柳名前が…好きだ。周りからの視線や声が痛い。注目されるのは仕方ない。なにせ廊下の真ん中なのだから。


「柳?何?」
「…場所を変えよう」
「え…え!?」


三年間で、俺も、こいつも、一度もサボリをしたことなんかない。少なからず罪の意識はある。俺の勝手な都合で彼女にサボリをさせてしまうということに対しての罪の意識。


「ちょっ、と、柳!授業!」
「最初で最後の、サボリだ。許せ」
「許せって…」


それ以上何もいう事なく、小走りで俺の後ろをパタパタと付いて来た。俺の足が向かっていたのは部室。誰もいないのはほぼ確定。居たとしても仁王ぐらいだ。しかし、今日の天候からすれば奴は屋上に居るはず。ようやく部室にたどり着いたとき、チャイムが鳴った。


「ねぇ、「俺は」
「?」
「どうしてお前のデータを飽きずに取っていたのか、自分でも分からなかった」

後ろに立つ柳名前の顔が見られなかった。振り向かないで、背中に彼女の視線を受けながら俺にしては珍しく、言葉を選ぶことが難しい。


「だが、今…ようやく気づいた」










「お前が特別な存在だと」



情けない事に、振り向いて視線を交わす事は出来なかった。


「柳君、私…」


背中に感じた温もりと、腰に回された腕が俺を期待させる。すんっと鼻を啜る音がして、嗚呼、彼女が泣いているんだと理解した。その涙がなんなのかは理解できなかった。


「私ばっかり、意識してるって、思って…辛くて…だから…逃げようとしてた」
「それは、そう言う意味で良いのか…?」


小さく彼女が頷いたのが背中越に感じられた。腰に回った手をそっと握った。
やっと気づいたこの気持ちを、見失わないようにしたい。





(恋愛のデータは未だ未知数)



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