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紫原と氷室が同棲を始めたのは、紫原が高校を卒業して直ぐのことだった。
もともと親元を離れて生活していた二人にとっては親の承諾を得てルームシェアと言う名目で共に部屋を借りて住むことは存外簡単なことだったように思う。紫原よりも先に大学生になり一人暮らしをしていた氷室の家に後輩である紫原が転がりこんだとしても世間的にも、ただ仲のいい先輩と後輩という印象を受けるだけで、まさか同性愛者だとは誰も思わなかっただろう。
二人が共に住むことに関しての約束事は殆ど無かった。最低限のマナーと常識さえ抑えていればそれで二人とも良かったからである。お互いの嫌なところは高校時代の寮生活で大体目にしていたし、ましてや新しく嫌な部分を見つけたとしても嫌いになどなれる訳が無い。そして比較的家事の得意な氷室とそうでない紫原がそろえば家事の分担もすんなり決まった。
ただ、紫原には最初に決めた唯一の約束事である”各自部屋は別々”というルールだけが不満であった。紳士的な氷室だからこそ、プライベートは大切にするべきだという主張をしたのは分かるが、それを承諾した時の紫原はまさかベッドまで別々だとは思っていなかったのだ。自分もそれを了承した手前、いまさら同じにしたいとは言いにくい。寝室が別でも氷室はしっかりと紫原の夜の相手をしてくれる、しかし目覚めると必ず氷室は自分の部屋に戻ってしまった後で冷たいシーツしか残っていないことはとても寂しかった。紫原とて大事な人を腕に収め朝を迎えたいとは思うのである。
ここのところそのルールを無くそうと氷室にアクションを起こしてはいたものの、学校やバイトやサークルなどですれ違いの生活が続き、二人してイライラしていたことも加わって気がついた時には言い合いになってしまっていたのだ。しかも彼らが喧嘩をしたときの行動は同棲を始めてからはどちらかが部屋に閉じこもるスタンスだ。どれだけ思いあっていても時には喧嘩もする(現に今まさに喧嘩の真っ只中なわけだ)し、そのたびに自室に閉じこもられては残された方も入りにくいし仲直りするのにも比較的時間が掛かる。

思えば篭城するのは圧倒的に氷室が多かった。そして先に謝るのは紫原だった。もしかして氷室は自分が思っている以上に自分の事を好いてくれてはいないのかもしれない。家事もあまりできない自分に愛想をつかしているのかもしれない。本当は自分なんかとは似ても似つかない小さくてやわらかい可愛い女の子が好きなのかもしれない。考え始めるときりがないことは紫原も承知している、だから途中で考えるのをやめて氷室の部屋の前に座り込みポツポツと言葉を並べて謝るのだ。

「むろちーん…」

返事が無いのはいつもの事だった。見た目はクール中身はホットといわれるくらいだ、たとえ痴話喧嘩だとしても氷室がなかなか折れてはくれないことは四年目にもなれば分かる。

「俺さぁ、むろちんが思ってるよりずーっとむろちんが好き。むろちんの身体が目当てなわけないしー、むろちんが嫌ならエッチもしない」

さっきリビングで言い合いをしたとき、去り際に氷室がアツシは俺の体が目当てなのか!と零したのを紫原なりに反芻して、あまり言葉選びは得意ではないけれど氷室を傷つけないように自分の思いを告げた。それでも氷室の部屋からは何の音も聞こえない。

「でも、やっぱり一緒に寝たいし〜…部屋が別々は嫌〜」

齧っていたまいう棒が一本、また一本と減っていく。何を言うのか考えていると一言一言の間にまいう棒が数本無くなっていく。ポロポロと食べくずが廊下に落ちていく。これをいつも何だかんだといいながら氷室は片付けてくれるのだ。中学時代は赤司が、高校に入ってからは既に紫原の世話役は氷室だけだった。今更ながら紫原は氷室に感謝しても仕切れないと思い始める。こんな自分を好いてくれるような物好きはこれから先氷室だけであろう。

「俺さぁ、こんなんだけど本当にむろちんは大事にしたいし、好きだよ。でももし、むろちんが…俺の事信用できなくなって、一緒に居るのが嫌なら出て行くからね」

氷室と喧嘩をする度に彼の大切さを噛み締めろことができるし、自分の本音を口に出すことができる。ただ言葉にするのには時間が掛かるけれど、扉一枚はさむだけで普段はいえないことも言えるということは大事なことである。
そこで紫原が手に持っていたお菓子が無くなった。追加を取りに行くついでに今までのごみを入れる袋も取ってこようと一旦紫原は自室へ引き返した。お菓子とゴミ箱を持って再び廊下に戻るとさっきまで紫原が座っていた場所を見つめる氷室が居た。幾ばくも二人の間に距離は無い。

「むろちん?」
「アツシッ…!」

お菓子の残骸を見つめていた氷室は部屋からお菓子を抱えて出てきた紫原に抱きついた。まるでそこにしっかりと紫原が存在することを確かめ、体温を感じるかのように。
もちろん氷室を受け止めた紫原の持っていたお菓子たちは廊下にばらばらと散らばった。普段の紫原だったならお菓子を落としたりしたら直ぐに集めるだろうが、今はお菓子より大事といっても過言ではない氷室が、しかも喧嘩中だった氷室が腕の中に居るのだ、もはや紫原の眼中にお菓子はなかった。氷室に答えるように紫原も優しく包み込むように彼を抱きしめた。

「どうしたの〜、珍しいね〜」
「出て行ったのかと思って…」

今にも泣き出しそうな顔とはこういうことか、と紫原は思った。前髪で隠れてい無いほうの氷室の瞳はいつもより潤んで見えた。サラサラと指通りの良い黒髪に紫原は指を這わせた。

「違うんだ…アツシのこと、好きすぎて我儘になってしまうだけで嫌いなわけないだろう」
「うん。知ってる」

頬を緩ませて微笑んだ紫原を見上げていた氷室の顔にも笑顔が浮かんだ。無意識に紫原の身体に頬を寄せた氷室をもう一度紫原は抱きなおした。
その後の話し合いで紫原が粘り勝ち、無事寝室は一緒になった。比較的片づけが簡単に済みそうだった氷室の部屋を来客用に空け、紫原の部屋を二人の部屋にした。ベッドはもともとサイズの大きい紫原用に大きなベッドにしていたので困らなかったし、氷室の荷物が少なかったおかげで一日で全ての片づけが終わった。一緒にしてみると、紫原よりも氷室のほうが実は我慢ができなかったのはまた別の話である。



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