Theotokos | ナノ








「イブ?」


幸村が帰宅した時、すでに不二は帰り、イブと俺は夜の温室に居た。多分、イブが部屋にいないことに気づいた幸村は屋敷の中を探し回った結果、ここに行き着いたのだろう。


「あ、精市さん」


着替えもしていない、如何にも帰宅しましたな感じでカツカツと革靴を鳴らしイブに歩み寄る幸村。途中、俺の隣を通るときに肩に置かれた手。お前は下がれという合図だ。逆らわずとも、今の幸村ならイブに危害を与えないだろうと読んだ俺は素直に下がった。




「探したよ」
「あの、…ごめんなさい」
「いくら温室でも、冷える」


自分の首に巻いてあったマフラーをイブの首に巻いてやり、コートを肩にかけてやった。びっくりしたように目を見開いたのは一瞬で、すぐに戸惑ったみたいに顔を伏せた。


「ありがとうございます、精市さん」
「…、うん」


思っても居なかった言葉だったためか、反応が遅れた。にこりと目尻を下げたイブは、また植物に視線を戻した。今日は不二さんが来た、一緒にご飯も食べた。と、今日あったことを話してくれたのだが、今までは軽く部屋に軟禁状態だったのと、殆ど一緒に居なかったのもあって、こんなことは初めてだった。他愛ない事を仁王以外に話すイブを見るのも初めてだった。


「ここのお花は綺麗です。精市さんが育てたんでしょう?」
「そうだよ」


お花が好きな人に悪い人は居ないって聞いたことあります。と俺を見上げ、また微笑んだ。


「精市さんはやっぱり優しい人ですね」
「はは、あんなに君を泣かせるのに?」


わざとイヤミを言ったにも関わらず、イブは小さく頷いた。すべてを見透かされている気がした。いくら酷いことをしても、イブは俺を必要以上に拒否しないし、むしろ普段から普通に接しようとしている。


「精市さんは、悪い人じゃないって、私でも分かりますよ」


きれい事にも取れるが、俺にはそんな言葉を言ったイブがどうしようもなく愛しく感じた。腕を引き寄せて腕に収めると抵抗されるかと思ったが、思いのほか抵抗は無く、大人しかった。しかし体はどこか強張っていて、ふるふると肩が震えていた。


「俺が怖い?」
「…怖いっていうか慣れてないから、それに…精市さんは不器用なのかなって」


話がどうしてそっちに逸れたのかわからないが、俺を不器用と言った女はイブが初めてだった。それなりに遊んで来たから、女の扱いには慣れているつもりだった。


「なんか、何て言うんだろ…」
「…もういい」


考え込み始めたイブを制して肩に手を置くと、ばっと顔を上げた。大方、俺を怒らせたとでも思ったんだろう。いつもなら見せないような顔で、俺にできる精一杯の笑顔を見せた。


「中に入ろう。此処はまた今度、じっくり見ると良い」
「…は、い」


少し、ほんの、少しだけ、イブとの距離が縮まったような気がした。まるで昔みたいに。イブが覚えていない記憶。それでも俺にとっては大切な記憶。もう昔のように接することは出来ないと分かっているのに。


「イブは植物、好き?」
「はい。好きです。家でも庭に――」


「お花は二番目にだいすきだよ」と笑ってみせた少女はどこへも行っていなかった。無垢なまま育てられた少女は、今なお此処に居るのだ。ただ、君の一番は、今もまだ変わらずに居ますか?


「精市さん?」
「!…中入ろう」


肩を抱いて温室から外へ出ると、もう外には月が。突き刺さるような冷たい外気にイブが身体を震わせた。
(…誰か居る)
視線を感じた。俺達を見ている誰かは、立海の人間ではない。覚えがない気配ではないが、なぜコソコソしているのか。


「っひゃ!!」


ぴっ、とイブの頬に走った赤。麻薬のように甘美な香りが僅かに漏れ出した。当初のように"当てられ"ないのは、彼女がこちらの世界に馴染んでしまおうとしているからだ。
投げられた薔薇で切れた頬、視線を後ろに向けると落ちているのは青い薔薇。青となれば、あいつしかいない。


「悪ふざけがすぎるよ……跡部」
「ハッ、やっぱり分かってやがったのか」


暗闇から音もなく現れたのは間違いなく跡部だった。喉を鳴らせて笑いながら歩み寄ってきた。


「こんばんわ、マリア」


跡部は、イブの顎をすくい上げて、自らの薔薇で傷つけた柔らかい頬を舐めた。ピクリと肩を動かしたイブの手が、俺の服を軽く掴んだ。


「甘いな…喰っていいのか?」
「…中に入ってからだ。イブが冷える」


一瞬跡部は目を細めたが、すぐにイブから手を離した。俺がイブを誘導し、暖炉のある部屋へ連れて行き、ソファーに座らせた。しかし、跡部はすぐイブを自分の膝の上に座り直させた。


「あんまり吸い過ぎるなよ」
「ああ」


ちなみに2人を残してきた所は客室とでも言っておこうか。二人を中に残し部屋を後にした先には、また、仁王が。仁王のイブへの執着は他を寄せ付けない程だ。昔も、いや、昔よりもっとイブに執着している。


「…どういうつもりじゃ?」
「マリアはみんなの物だ。だから当たり前なんだよ。」
「…」
「今まで俺以外に喰われなかったほうが、可笑しかったんだ」


背後から溜め息が聞こえたのは気のせいではなさそうだ。自室に向かいながら、少し後悔したのは俺だけの中にしまっておこう。

なのに、


「なんで、」


こんなに胸が痛むのか。俺が知らないこの感覚の名前は―――――――



「あの、吸わないんですか?」
「吸うさ」


数回繰り返したこのやり取り。なのにアトベさんは一向に牙を見せない。それどころか、なぜ、私は彼に肩もみをしてあげているのか。


「かったい!」
「疲れてんだよ」


私の握力では到底ほぐれそうもないような気がする。


「お幾つなんですか?」
「見た目よりはいってるな」


あまりの硬さについ、年齢を聞いてしまったが、私からみればアトベさんも、精市さんたちと同年代に見える。精市さんたちが幾つなのかさえ私は知らないけど、きっと若いんじゃ無いかなーとは思っている。


「20代とかですか?」
「設定年齢はな。」


設定年齢?そう言えば赤也君も前にそんな事言っていたような。設定年齢についてはよく分からないが、取り敢えず20代って事でいい?


「あの――――」


質問しようとしたが、ぐいっと突然肩に置いていた手を引かれ、後ろからアトベさんにもたれかかる。


「ありがとよ。」


ちゅ、と触れるだけのキスをされ、思わず顔が熱くなった。





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