Theotokos | ナノ








あの日、イブが破瓜した瞬間は屋敷内にいた全員に分かった筈である。共に使える側になった柳や真田までも、くらりとめまいを起こすような強い香り。


「血、取ってくるか?」
「ああ…すまない。頼む」


目元に手を当ててソファーに深く座り込んだ柳。地下にあるワインセラーのまた一つ下の階に置いてある血液を取りに部屋を出た。道中、同じように苦しんでいる丸井や切原達の部屋にも足を運び様子を見たが、奴らも血液を必要としていた。下手に近づけば俺が食われてしまいそうなほどに。優先順位は切原、丸井、柳の順。切原は瓶を渡した途端にそれをあおり、落ち着いたのを確認して次は丸井の本へ急いだ。


「血、持ってきた…!」
「っ、は、仁王っ…悪ぃ…」


丸井の部屋へ入った瞬間には、丸井の牙が自分の首に刺さっていた。もう何年もそんな行為をされた経験が無かったし、注意していなかった。俺の血は吸血鬼の狩猟本能を使ってまで襲うほど上等な血ではないのに。じゅるっ、と勢いよく俺の血を吸う丸井の髪を掴んだ。


「っおい、あんま、吸ったら…っ」


もっていかれる。


「俺…貧血気味、って、言うた、じゃろ、っ…この丸いブタがぁっ!!」
「っわぁっ」


火事場の馬鹿力とはよく言ったものだ。今や成人男性に成長しきっている奴をなぎ倒すだなんて荒技、そうそうできやしない。


「わりぃな。つい」
「何が、つい、じゃ。死ね豚野郎」
「あ、おい。休んでいけよ、倒れるぜ」
「イブんとこ行かないかんのじゃよ豚野郎」


瓶を投げつけて、逃げるように部屋を後にした。柳が待つ部屋に入った途端の脱力感。ちょっと休ませて、と柳とは反対側のソファーに体を沈めた。


やはり俺は、こいつらとは違う生物―――――




**************



「ねぇ、仁王ってば!!」
「あ?ああ、どうした?」


どうしたじゃなくってー、と唇を尖らせたイブ。俺以外にイブがこんな表情を見せる奴はここに居ないはずだ。


「吸血鬼って、仲間同士で喰うの?」
「急にどした?」
「首」
「…ああ」


指さされた当たりを手で撫でた。あの豚野郎の痕。マジであとで絞めてやる。


「豚野郎に襲われたなり」
「ぶた、?」
「俺達は同性同士じゃ殆ど捕食せんから」
「女の吸血鬼も居るの?」


そうじゃなかったら純血が減るじゃろうとデコピンしてやった。


「それより、イブはどうなんじゃ」
「わたし?」
「何人に喰われた?」



精市さんだけだよ?とキョトン顔で返されたが、俺はそれを理解するのにかなりの時間を要した。あんなにもイブを餌として狙っていた奴らが何もしていない…?そんなまさか。でも、本人が何もされていないというのだから間違いは無いのだろうが。


「ほぉ…なるほどな」
「精市さんに血を吸われるのも、まだ二回ぐらいしかないし」
「まぁ、そんなに血を吸わんでもある程度は生きていけるしな」


身体は毎日のように貪られて居る筈なのに、イブは幸村を悪く言う事は無い。むしろ仲良くしたいとぼやく程で、俺はそのあたりイブを理解出来ない。お前から普通を奪ったのはあいつだ、と言ってやりたいと思う事が何度もあったが、それも出来ない。イブは、行為の後始末を幸村がしていると思っているが、毎回イブの体を綺麗にして避妊薬まで飲ませてやっているのは俺だ。それをイブに言えば何か変わるだろうか?いや、変わらないだろう。


「仁王は私の血、欲しくないの?」
「誘っとるんか?」
「んーん。まさか。仁王が血を飲んでるの見たこと無いし、こんなにいつも一緒に居るのに」
「…俺は飲まんでも生きていけるんじゃよ」


イブの部屋は鳥籠。イブを閉じ込める為の。俺も、この世界に捕らわれた鳥に過ぎないのかもしれないが。イブは俺と同じで、俺もイブと同じだから一緒に居たいと感じる。イブの専属になったのだってその理由だ。


「なぁ…イブ?」
「ん?」
「温室、行ってみるか?」


パァッとイブの顔が輝いた。すべてをこの部屋で行っていたのだから当たり前か。やっとこの鳥籠から出られるのだ。幸村には起こられるかもしれないがそれは俺が承ってやろう。イブが嬉しいと、俺の心も暖かくなるような気がして。


「温室なんてあるんだ!行きたい、行こう!」
「外は寒い。此処は年中気温が低いから、あったかくしてな」
「うん!仁王、カーディガン取ってくるから待ってて」


ひらっとスカートを翻して部屋の奥にあるクローゼットに駆けていくイブ。微笑ましく思ってしまう。
クリーム色のカーディガンを羽織ったイブが帰って来る。


「じゃあ行くか」
「うん」


俺のスーツの後ろを握って着いてくるとか…可愛い奴。キョロキョロとしきりに周りを見渡してはびっくりしたり怖がったり、絶え間なく表情が変わっていく。割と、活発な奴みたいだ。


「仁王、?」
「!……不二か、ビックリさせんでくれ」
「仁王が勝手にビックリしたんじゃないかな」


いつもの怪しい笑みを顔に携えて、奥の部屋から出てきた不二はゆっくり歩み寄って来た。今日はジーンズにジャケット、シンプルなシャツと言ったラフな格好からして、大事な用があって来たような風でもない。ちなみに不二か出てきた部屋は談話室。


「よかった、探してたんだ」
「俺をか?」
「うん。」


いい肉があったから焼き肉しよ。と俺の手に持っていた紙袋を手渡してきた。俺の後ろに隠れたイブも、焼き肉と言う単語に惹かれたのか、ひょこっと顔を覗かせた。


「こんにちは、マリア」
「こ、ん、ちわ」
「マリアは焼き肉好き?」
「お肉…めちゃ、好きです」


じゃあ一緒に食べようね、と不二はイブの頭を撫でた。ふにゃ、と緊張に強張ったままだったイブの表情が緩んだのも俺は見逃さなかった。




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