Theotokos | ナノ






目が覚めたときは、まだあれから数時間しか経っていないのかと思っていたが、どうやら、24時間と、数時間の間違いだったようだ。自分でも驚いた。こんなに眠ったのは初めてだったし、なにより、私を抱きしめて眠る癖毛のこの人は誰なのだろうか。ということが一番謎であり、驚いた点である。どうしてこの状況を切り抜けようか、とりあえず私の体に回っている彼の腕から抜けないことには何も始まらない。もぞもぞと動くと彼の長い睫が揺れた。


「んぁ?…起きた?」
「あ、…すいません。」


よく寝たーと起き上がって伸びをしている彼を、私も座って眺めた。誰?そんな私の視線に気づいたのか彼はニカッと笑って自己紹介をした。


「俺は切原赤也。よろしく」
「赤也、さん…ですか。イブです」
「へーマリアってイブって言うんだ」
「はい」
「あー俺らたぶん年齢的に近いし、敬語は無しで」


赤也君(そう呼ぶように言われた)は精市さんより年下で、私とほぼ同じくらいの推定年齢らしいし、彼の明るい性格のおかげですぐに打ち解けられた。彼によれば、私が眠っていた間、立海の人が交代しながら様子を見ていたらしい。なかなか目覚めない私を心配してか、医者まで呼んだんだとか。吸血鬼のお医者さんが私をみて何が分かるのか、それ以前に吸血鬼に医者なんて必要なのか。私が疑問に思ったことは赤也君には筒抜けで、彼は彼らしい説明のしかたで私に教えてくれた。


「俺らは普段人間にまぎれて生活してんの。えーっと、生活資金とかも人間界で稼ぐことが多いし、んーと…とりあえず血を吸うだけでただの人間とあんま変わんねってこと!」
「じゃあ、治癒能力とかが高いとか、太陽の光がだめとか無いっていうこと?」
「太陽は大丈夫。でも、治癒能力とか潜在能力?ってやつは高いらしい。」


結局は、よく分かんね。で片付けてしまわれたけど、なんとなくは分かったからよしとしよう。頭を掻きながら笑う赤也君をみると私もなんだかおかしくなった。クスクスと笑うと赤也君は目を見開いて硬直してしまった。どうしたの?と聞くとお前そんな風に笑うんだな。と返された。
確かに拉致されてから(といっても二日程度)こんな風に誰かと普通に会話することもなければ笑う余裕もなかったし気持ちがついていっていなかった。でもどうしてか、今の私はこの環境に慣れつつあるのか、なんなのか。この世界になぜか懐かしさすら覚えている。まだまだ知らないことのほうが多いのにも関らず、だ。


「あ、飯!飯食わせないといけねーんだった!」
「ごはん?」
「そう!何も食べてねぇだろ?幸村部長から言われてんだった」
「部長?」
「部活の、部長だったんだよ。やめろって言われてんだけど、なかなか慣れなくてさ」


新しいことを知った。そんな関係性があったんだ。私にも先輩が居たなぁ、とか、部活も楽しかったなぁと思い始めると、普通の生活がもう戻ってこないんだと実感してしまった。私の気持ちがまた沈んでいくのが自分でも分かった。それに気づいていない赤也君は私の手を引いて部屋をでる。彼が向かっている場所は食堂なのだろう。足が一歩進む度に私のなかの負の感情が比例して大きくなる。
私はどうして此処に居るんだろうか。もう、帰ることも、死ぬことも、できないのだろうか。そんな事ばかり考えてしまう。


「?マリア?」
「…」


気がつけば、私は彼の腕を振り払って立ち止まっていた。自分でも自分がよく分からない。どうすればいいの。


「イブ、どっか痛い?だるいとか?」
「…ぅ」
「?」
「違うよ…」


うつむいた私と視線を合わせるために屈んだ赤也君から目を背けて私は来た道を走って引き返した。後ろでは赤也君が私のイブを呼び、追いかけてきているのが見なくてもわかった。足は速い方だったからか、ギリギリで部屋に駆け込んで鍵を閉める。扉の向こうでは赤也君が扉をたたきながら何かを言っていた。でも、私の耳には何も入ってこなくて、また、やわらかい布団に倒れた。




************




赤也が俺の部屋に駆け込んできた。今の時間、赤也にはイブの様子見を任せていたため、彼女が目覚めたのだと安堵した。でも、赤也の口から飛び出した言葉に俺は驚くしか出来なかった。食堂へ連れて行こうとしたら突然逃げられたと。しかも部屋に閉じこもっていると。やはり彼女はここが気に入らないらしい。自分のせいかもしれないと慌てふためく赤也を部屋に帰し、俺は彼女のところへ行くことにした。もちろん、鍵を閉められていては中には入れない。だから、あの時の同じ方法にしようと思う。イブを手に入れたあの夜のように。
足音をけして、鏡から彼女のところへ向かった。ベットの上で伏している彼女を仰向けにして跨った。彼女はそんなことを想像もしていなかったのか抵抗すら出来ずにそのままでいる。目を見開いたままのイブの輪郭を指先でなぞりながら問いかける


「赤也から聞いたよ。…俺との約束を忘れた?」


少しの間、なにが起こっているのか理解できずに黙り込んでいたが、ようやくイブが声を発した


「…なんで…ここに、」
「俺を甘く見ないことをお勧めするよ。俺の質問にも答えてくれる?」
「…欲しく、ない。何もいらない。」
「じゃあ死ぬ?」


もし死にたいと言っても、今の俺は彼女を手に掛けることなんてしないけれど。しかし彼女は無言だった。でも彼女は俺から少しも視線をそらさなかった。死を望んでいるのだろうか。


「何か言え」
「…帰りたい」
「それは出来ない」
「どうして!!私が何したっていうの!」
「…本当に、言うことを聞かない子だ。」


指を鳴らすと同時に、ベットの下から彼女を拘束するための植物が伸びてくる。それに気づいたイブは懸命に抵抗するが、簡単に彼女の自由は奪われた。


「優しくしてあげようと思ってたけど…身体に教えてやる」
「やだ、やだ!やめて!」


自分でも、焦っていた。マリアがどんどん俺から離れて行くような気がして。マリアをつなぎ止めたい一心だった筈なのに、俺はマリアの服を引き裂いた。





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