Theotokos | ナノ







仁王が部屋から消えて暫く沈黙が続いている。ぎしっとベットのスプリングが軋み、彼が、私の上に跨った。


「痛くない?」


ただ、頷くだけしか出来ない私。彼はすこしでも動けば触れてしまいそうな程近くに顔を持ってきた。彼の息を、鼓動を、感じる。


「仁王から俺たちの事は聞いた?まぁ、どちらにせよ、イブに逃げ場はない」

ギラギラと彼の目の奥が光った。獲物を捉えた猛獣のように、舌なめずりをしながら私のどの部分に牙を立てるか、考えているようだ。カタカタと自然に体が震えはじめる。怖い、ただそれだけが私を支配していた。


「早速いただきたい所だけど、もうすぐ奴らが揃う。…これから会って貰うやつらはみんな吸血鬼だ。大丈夫、まだ何もしないはずだから」


そんな言葉が信じられるかっ…と言ってやりたいが、私にはそんな度胸もなければ権利もない。ただ、なんとなく分かるのは、私はこの人の機嫌さえとっておけば生きられるということ。最低でも、奴隷よりはましな扱いをして貰えるだろう。…まぁ、機嫌をとることができれば。


「フフッ…良い判断だ。イブは俺の機嫌をとっていればいい。言う前から分かってくれて助かったよ」
「っ…」
「ああそうだ、イブが生きる為の条件を教えてあげる」


1 俺には逆らわない
2 きちんと食事はとる
3 1人での外出は禁止

その三つだけ。もし破った場合は覚悟しておいた方がいいよ?と微笑まれた。勿論、目は笑っていないが。ふと、私が疑問に思ったのは二つ目の"食事"についてだ。


「俺達に血を与えていれば、食べないと死ぬだけだ。俺はイブを失いたくないんでね」
「…そう、ですか」
「俺からはそれだけ。じゃあ着替えて」


気がつけば手に巻き付いていたツルは無くなっていて、私は彼に抱き起こされた。壁にかけられた服は、とてもじゃないが私の趣味ではない。だが、彼の目は私に早くしろと圧力をかけてくる。渋々それに手を延ばしたが、彼は部屋を出て行く気は更々ないらしい。


「どうせ全部見るんだから。それに、1人じゃ着れないだろ。」


それでもためらう私の態度が気に入らなかったのか、彼は眉間に皺をよせて指を鳴らした。何が起こったのかわからないが、私は下着姿にされてしまったのだ。しゃがむ間もなく彼に服を着せた。ワンピースだからすぐだったが、吸血鬼といえど異性に体を見られた私は放心状態だった。


「マリア、おいで」
「っ、はい」


吸い寄せられるように、彼の腕をとった。近づく度に香る、甘い香りに酔わされているような気がしてならない。


「いい子」


でもなぜか彼に頭を撫でられた瞬間、懐かしさに包まれた。私は彼に会ったことがある?


「あの、名前、」
「…ああ、精市でいいよ」
「せーいち、さん」
「そう。何か知りたいことが有るみたいだけど…さっきも言ったように時間がないんだ」


だから、黙ってろ。どうしてこの人はこんな風に笑顔で荒々しい言葉を紡ぐのだろう。でも、この人はどんなに理不尽な物言いであっても、よくよく考えれば私にとってもメリットのある条件しか言わないんじゃないか、と思う。横暴に見えて、実は優しいんじゃないか?


「フフフ…マリアは面白いことを考えるね」
「っ!?」
「残念ながら、全部口から出ていたよ。悪い口だ。塞いであげる」
「!?!」


一瞬、本当に一瞬で、なにが起こったのか分からなかったが、唇に感じた柔らかいものは、きっと、精市さんの綺麗な弧を描かせている唇。私のファーストキス…が。きっと、今の私の顔は赤い。口を隠して彼を見上げたまま硬直している私を幸村さんは可笑しそうに笑った。


「初だね。これぐらいは挨拶だよ?」
「最低…っ!?」


突然、彼の目つきは鋭くなり、私の首を掴み壁に押し付けた。紛れもなく、向けられた殺意。


「さっき言った条件を忘れた?俺に反抗するな」
「っ、な、らっ、殺せ、ば…っ?」


さっきまで、何をしても生きようと思っていた筈なのに私の口からついて出た言葉は自ら死を望むものだった。いっそ、殺してくれれば、これから先待ち受けているであろう事からも逃れられるなら。


「っ、」
「げほ、っ、」


なんで、そんな、顔。
一瞬、彼が顔を歪めた。それが私の目には酷く傷ついたように見えたのだ。どうして精市さんがそんな顔するの。辛いのは私、精市さんは私から普通の幸せを奪ったんでしょ。


「…次はゆるさない」


ズルズルと壁づたいに床へ落ちた私に背を向け、彼は足を進める。置いていくなんて…前言撤回。彼は優しくなんかない。気難しい、面倒くさい男なのかも。


「置いて行かれるぜ」
「…におーさん」
「立てるか?」


テレビで見る、ドラマに出てくる執事のように差し出された手を取ったが、腰が抜けてしまったため、立てない。それに気づいた仁王はため息を吐き、私を抱きかかえた


「ありがとうございます」
「…別に」


仁王はふっと笑った。


「死にたくなかったら、あいつには逆らうな」
「…はい」


まるで兄のような安心感。精市さんとは違い、なぜか人間ぽくて人間くさい。精市さんの、私を酔わせるような甘い匂いは、彼からしなかった。高い香水の香りににたそれ。


「仁王は、吸血鬼らしくないね」
「そうか?」


それから、私たちの間に会話はなかった。でも、何故だろうか。精市さんも、仁王も、近くに感じれば感じる程懐かしく、安心感が湧き上がってくる。




"はるくんっ!!"




仁王にすべてを任せて目を閉じたときに聞こえたのは私の声?空耳かな。でも、はるくんか…。懐かしいな。今、彼はどんな男の子になってるんだろう。顔を思い出そうとしても靄が掛かったように、全てが真っ白になり、私の声しか聞こえない。


「寝たら落とすぜよ」
「ん、」
「おいおい、どんだけ寝るんじゃ…」


まだ起きてます。と言い返したかったが、私は睡魔に負けてしまった。どちらかと言えば私は睡眠時間が短い方で、逆にそれがちょうどよかったのに、なんでこんなに眠くなるのか。一定のリズムを刻む仁王の鼓動と、歩調も私を眠りへ誘う。


「……。」


意識を落とす前、仁王が何かを呟いたような気がしたが私には聞き取れなかった。

"イブちゃん、またな"

変わりにいつもとは違う懐かしい声が聞こえた気がした。



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