Theotokos | ナノ








”君の16歳の誕生日に、迎えに行くね”




ハッと目が覚めた。じんわりと汗ばんだ首筋が気持ち悪い、夜中の12時前。眠りに就いてから一時間もたっていないにもかかわらず、もはや目が覚めてしまってはもう一度眠る気にはならない。一年ほど前から頻繁に見るようになった気持ちの悪い夢は、いまだに続いている。やけに現実味のあるそれは、私の安眠を妨げている。ひんやりとした床に足を着くと、その温度が心地よかった。
水でも飲んでこよう。そう思って一階へ降りた。両親はまだ帰ってきていないらしい。静かな家の中を動いているのは自分だけなはずなのに、誰かの気配を感じているような気がするのは私が怖がりだからなんだろうとおもう。冷たい水をのどに流し込んで、ため息を吐いた。もう数分で私は15歳ではなくなる。
部屋に戻ろうとしたとき、ふと洗面所に根が向いた。どうやらお風呂場の電気がついているらしい。さっきは点いていなかったような気がするのに。でも節電しなきゃいけないご時勢だから仕方なくそこに足を向けたのが間違いだったのかもしれない。
パチンとスイッチを切れば廊下の電気だけ。ふと鏡に目を向けたとき、鏡の中の私と目が会った。ひどく疲れた顔をしている。ボーン、と12時を告げる時計の音が聞こえた。嗚呼、ハッピーバースデイ私。



”待ちわびたよ、マリア”



夢と同じ声がした。空耳なて、そこまで私は疲れていたのだろうか。鏡の私から目を離そうとしたとき、鏡は私は映っていなかった。


「やっと、この日が来た。」


にゅっと鏡の中から手が伸びてくる。白い手袋と、昔の貴族のような装飾の袖。それが私の頬に触れた。鏡から私までの距離はそこそこあるのに、その手の主を、私は見ることがなかった。
薄れる意識の中で、私が最後に見たのは弧を描いた唇だった。




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”イブは俺のこと好き?”
”うんっ!イブね、大きくなったら――と結婚する!”


幼いころの私は、誰とこんなやくそくをしているの?ありふれたドラマのような夢。私はこんな約束、した覚えない。ゆっくりと意識が浮上する。かすかに香る薔薇の香り。ここは私の家ではない。だったらここはどこ?目を開いて、初めに目に付いたのは天板。こんな高価なベッドに私が寝ているなんて。ありえない。
これは夢の延長線上なのだろうか。夢に違いない。そう考えて寝返りをうとうとしたとき、の、違和感。


「…何これ」


悪趣味としか言いようの無いものが私の腕に巻きついているではないか。それは薔薇のツル。しかし、それにはとげがあるにも関らずまったく痛みを感じない。痛くないのに越したことはないが。こんなことをされたのはいくら夢の中であっても始めてで、動揺してしまう。
少しの抵抗をしようと身じろぎをしたとき、どこからとも無く、男の声がしたのだ。それは夢の中で聞いたものでもなかった。


「お、お目覚めか?」
「だ…れ、?」
「俺は仁王じゃ。マリア」


マリア、たしか、洗面所でも同じ言葉を耳にした覚えがある。マリアとは誰。もしかして私のことを言っているの?仁王、の目から目が離せずに、ただ、見詰め合った。


「もしかして、これ、はずしてほしいとか」
「はずして、くれる、の?」
「まさか。俺がはずしたら殺されるのが目に見えちょる」


殺す?それは私が殺されるの?それともあなたが殺されるの?そんなことを思っていても私の口から、その言の葉はこぼれることをしなかった。


「はずしてはやれんが、イイコトならしてやるぜよ?」


クックッと喉を鳴らして笑いながら彼は私の頬を撫でた。彼もまた、白い手袋をしている。それでも、彼の体温が私よりはるかに低いのは布越しでも分かった。鳥肌が立った。彼の言うイイコトとは何なのか私には理解しかねるが、彼は、私の合意が無ければ何もしてこないようなきがして、私は黙って彼から目を背けた。すると、彼は面白くなさそうに鼻で笑った。


「…まったく、面白くないのぅ」
「…ここはどこ」
「なんじゃ、自分の知りたいことだけはちゃっかり聞くんか」
「…」


人を小ばかにしたような彼の言い草が気に入らないと思い始めた。でも、彼は私に普通にここについてを語り始めた。私も彼と言葉のコミュニケーションをとるのが面倒になってきたころだったので、万々歳だ。
彼曰く、ここは私の居た世界とは違う世界で、私をここに連れてきたのは、”立海”という派閥の貴族の中でもっとも権力のある男。らしい。しかも、極め付けには、自分達は吸血鬼だといったのだ。そんなありえない話を誰が信じるというのだろうか。夢にしては高性能な夢だ。


「あなたたちは、私を、殺すの?」
「まさか。お前さんは何百年に一人居るか居ないかの高級食材じゃ。殺すなんて惜しいことするわけないじゃろ」
「高級、食材?」
「お前さんのことなんじゃよ。俺達はお前さんのような存在をマリアと呼ぶんじゃ」


マリア、だから彼も、あの夜の人も私をマリアと呼んだのか。彼らの望むような食材が、私の中に流れているだなんてなおさら信じられない。嗚呼夢なら早く覚めて。


「お前さんは死ぬことを許されない、マリアじゃ。次のマリアが見つかるまで、な」
「…じゃあ、私の前のマリアは、どこへ行ったの」
「大昔に死んだ」


今の彼の言葉は、矛盾している。次のマリアが見つかるまで死ぬことができないのなら、私の前のマリアは最低でも最近死んだことになる。


「お前さんのようにこちらの世界に来たその日に、自殺したんじゃよ」
「自殺?」
「ああ。そいつは人間の世界に愛する男がいて、しかもその男との子を身篭ってた」
「じゃあ、そのこも…」
「…そのころ、まだ俺は生まれてなかったんでな。聞いた話じゃ」


彼がひとしきり話した後は沈黙だった。私自身も、今起こっていることすべてが現実で、私は逃げられない”マリア”なのだと自分に言い聞かせていた。それがどれくらい続いたのか私には分からなかった。でも、その沈黙は重々しく扉が開く音で終わったのだ。


「マリアはお目覚め?」


青い髪の彼が現れたことによって。彼の声は私の夢の中と、あの夜の声と合致していた。彼が、私を連れてきた張本人。


「仁王と、何の話をしたんだい?」
「あ、ぅ、」


彼の威圧感は、私の言葉を詰まらせた。逆らってはいけない。私の中の警報が鳴り響く。


「仁王は氷帝と青学、四天宝寺…その他にも連絡するんだ。」
「りょうかいなり」
「マリアを捕まえた、ってね」


甘い甘い花の香りが、した。





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