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仁王がイブに話した先代のマリアの話は確かに在った事だった。しかし、多くは語られなかったせいで一部の人しか分からないことも隠されていたのだ。その秘密を知っているのは幸村と仁王、そのほかにも知っている人は何人か居たが今となってはその他の者が朽ち果てて二人だけになってしまった。ただそれだけのこと。
確かに、先代のマリアは自殺した。しかし、彼女の腹の中で育まれていた新しい命は母と共に死んでなど居なかったのだ。その時生まれたのがまぎれも無く仁王だった。長らく探していたマリアと引き換えに産声を上げた彼を忌々しい物として排除しようとする者も少なくは無かったが彼を助けたのが幸村の父で、生まれる予定だった自分の息子の遊び相手としてただの人間を受け入れた。ここまでが多くが知っている話だが、この話には隠された部分があった。
仁王と共に、もう一人子供が生まれていたのだ。
その子こそ後のイブである。彼女自身も知らない事実。生まれたときから彼女が次のマリアであることは明確であったが安全性を考えると彼女を人間界に帰さなければならない。そうなれば捨て子として里親に引き取ってもらえるように根回しをする他なかったのである。

「イブちゃん…」

仁王が彼女に会うことを許されていたのは彼女が3歳になるまでだった。だからイブが仁王や幸村を覚えていないのは仕方の無い事だとも言える。どうして一緒に生まれたのに自分だけが早く成長してしまったのか、未だに仁王は分かっていない。今でさえどうしても同じ歳には見えないだろう。
たった一枚、色あせそうな写真をなぞって仁王は唇をかみ締めた。いつも彼がロケットに入れて肌身離さず持っていた写真だ。どうしてか写真のイブは今にも泣き出しそうな顔をしているが、まさに今こんな顔をしているのではないか、そう思うと仁王は居ても立ってもいられなかった。どうしても守りたかった妹が今、危険な目に遭っている。それだけは紛れも無い事実だった。

「幸村」
「まだ、だめだ。闇雲に探しても見つかりっこない。蓮二や乾に任せるんだ」
「こんなことをしてる間にも、イブが死ぬかもしれん…!」
「俺だってそんなこと分かってる。でもお前に何ができる?仁王、お前は人間なんだ」

そうだ、俺は人間で、何もできない。
やりきれない思いを壁にぶつけても拳が痛むだけで何も変わりはしない。自分の無力さを実感するだけだった。

「居場所が分かれば直ぐに知らせが来る。落ち着かないのはお前だけじゃないんだ」

今にも人を殺せそうな瞳をしている幸村は、無理に笑顔を作って笑った。

「ハル、もしもイブが死んでしまったら、俺は火の中に飛び込んで苦しんで死のう。その代わり、無事に帰ってきたら俺は彼女をバンパイアにする」
「それは俺に同意して欲しいんか、それとも反対して欲しいんか」
「どちらでもないよ、これは決定事項だから」

人間がバンパイアになるということは、自分を変えた相手と生涯を共にするという意味で、つまりイブは永遠の命を手にする。俺とは違った歳のとり方をして、幸村と立海を支える子孫を残す者になる。

「じゃあ俺はイブが嫌がったら、連れ去ってしまおうかの」
「…本気?」

もちろん俺は本気だった。それは幸村も分かっているだろう。今までずっと離れていた時間の埋め合わせとして二人で逃げてしまうことも今まで何度と無く考えた。でもそれを実行できなかったのはイブが少しずつこの場所に馴染んでいってしまったからだ。もしも彼女が開放を望むなら俺はどこまででも彼女を連れて逃げられるのに。

次の言葉を発しようとしたとき、閉じられていた部屋の扉が開かれた

「見つかった、」
「ノア!」
「動ける程度には回復してるってことでいいのか?」

いまだ猫の姿のままとはいえ自力でこの部屋までやってきたノアは数時間前に比べると回復しているといえる。俺の周りを自前の翼で旋回したのち、肩に落ち着いた。

「声が聞こえないからまだ眠ってるんだろうけど、一命は取り留めてる。」
「…場所は?」
「人間界の、ある家だ」

再び肩から飛び上がったノアは姿見の前に飛んで行った。普通の家なら一つは鏡が家にあるもので、こちらの世界から行くにはとても便利なことに変わりない。
早く来いといわんばかりに鏡に前足を突っ込んだノアはそのまま吸い込まれていった。後に続いて幸村とともに俺も鏡の中に吸い込まれた。



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