Theotokos | ナノ





何も羽織らずに外に出たのは初めてだった。ここには四季が無いせいでいつだって寒い。太陽と呼べるようなものが無く、常に月明かりだけしかないのだから当たり前か。ぶるっと体を震わせたが、カーディガンを取りにいけるような強靭な精神力もないし諦めた。せめて精市さんが帰ってきてくれればなぁなぁでノアとも仲直りできるのに。

「女が体冷やしたらあかんやろ」

突然体に何かを掛けられ、しゃがんでいたのを抱えあげられた。さっきまで相手が着ていたのだろうその布は体温が残っていて暖かかった。

「ひかる…」
「足もタイツぐらい履いてもええやろ」

私を抱き上げたのは光だった。自分が思っていたよりも体が冷えていたようで光と触れ合っている所が暖かくて無意識に擦り寄った。それに対して光も私を抱く腕に力をこめたような気がした。どうして一人でこんなところでしゃがんで花を見つめていたのかと聞かれ、言いにくくて返事をはぐらかしたところ、不満そうにじとっと見られたが、追求されることはなかった。そこで、光の来訪の目的を聞くと光もまた言いにくそうに言葉を濁した。

「イブは、もし俺が一緒になってって言うたら、」

どうする?と聞かれ、再び昨日の夢でのことを思い出した。
たとえば私に精市さんがいなかったなら多少悩んでも光にとって一番幸せになれるような答えを出していたに違いない。それでも、今の私には精市さんという人が居て、きっと私は精市さんを捨てることなんて出来やしないのだ。

「できない」
「そう言うやろうなとは思っとった。せやから、ごめんな」

何が起こったのか反応できなかった。
光が私の喉に噛み付いてきたのだ。予測していなかった出来事に抵抗も出来ず、ただ血を貪られた。精市さんや他の人と比べ私の皮膚に深く噛み付いているようで、どんどん血がそこから流れ出ている。光が飲みきれなかった血が服を汚しているせいで、服が肌にくっついてきた。もしかして私は彼に殺されてしまうのではないかという思いがよぎった。

「や…やめ、て」

ごくごくと光が喉を鳴らす音にさえ負けてしまうようなか細い声しか私の喉からは出なかった。
ここに連れてこられたときは寧ろ殺してくれと思っていたはずなのに、どうしてかこんなにも死が怖い。息がしにくい、寒い、目すら開けていられないくらいの眠気に襲われた。助けて、と言う声もきっと出ていないのだろう。光の服を握っていた手が、力が入らなくなってずるりと下に流れた。



*********


「イブ…?」

はじめに異変に気がついたのは多分ノアだった。クンクンと鼻を鳴らして眉をひそめたノアはさっきまでビービーと泣いていたくせに突然使い魔らしい顔に変わった。

「致死量」
「は?」
「イブの体から、致死量の血液が流れた」

その言葉をきちんと飲み込むまでに数秒掛かったが、それすら遅く感じた。致死量。多分屋敷に居る柳や真田はまだ気づいていない。鼻がイブの血の匂いに慣れてしまっているからだ。
扉を突き破らんばかりの勢いで開けて出て行ったノアの後をあわてて追いかけた。途中で異変に気づいた柳を捕まえて共に追いかける。イブが部屋から出て行ってまだ10分と経っていないはずなのに、そもそも暴食するような奴はこの屋敷に残っていないはずなのに。ノアについて出た先はイブのお気に入りの幸村が手入れをしていた庭だった。

「クソッ…!」

ある一点でノアが跪いて地面を撫でた。息を切らして追いついた先には確かに地面のタイルに零したとは言いがたい量の血が広がっていた。

「場所は、イブの場所はわかるか?」
「かなりの速さで遠ざかってる。多分、これは…人間界」
「俺は幸村に連絡する。仁王は青学や氷帝に連絡を」

柳の顔色が変わった。ノアが生きているということはまだイブは生きているのだろうが、虫の息と言っても過言ではないのだろう。現にノアは人型を取れなくなって猫の姿に戻っている。
それからの動きは早かった。幸村も直ぐに人間界から帰って来たし、あの跡部までも仕事を放り出して戻ってきたのだろう。

「犯人は」
「分からない。証拠が何一つのこされていない。ただ…」
「早く言え」
「所在が取れないのは財前光だけだった」

幸村の瞳が細くなった。今まで幸村を本気で怒らせたものはなかったため、体を打つ殺気に足がすくみそうになる。

「見つけ次第…殺せ」
「ちょ、ちょっと待ってや!財前が犯人やったとしても殺す必要は無いやろ!」
「相手はイブを殺そうとしたんだ。まだ息をしているとしても、昏睡状態なのはノアを見れば分かるだろう!」

ここで白石と幸村が言い争っても何も分からないことは誰もが分かっていたが、止めることもできなかった。幸村にとってイブが大事なように俺にとってもイブは大事で、幸村があせるのは理解できるからだ。

だって、彼女は俺の最後の家族なのだから。




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