Theotokos | ナノ







最近、夢の中で会う人がいる。初めて彼が夢に出てきたのが何時だったかとか、もう忘れてしまった。でも、不意に向けられる笑顔がやけに頭に残って、少し毒舌な所があったりもするけど、嫌いじゃない。


「今日はまた、遅い就寝やな」
「ん…」


今日も何にもない真っ白な空間で私を待っていた彼の隣に座った。軽く体重をかけてもたれ掛かると頭を引き寄せるように腕が回され、頭に軽くキスをされたような気がした。


「何だか疲れちゃった」
「お疲れさん」


夢の中だから眠気はそれほど感じられない。けれど、体のダルさは尋常ではない。首筋に光が頬をすり付けてきたのを、私は吸血の前触れかと思って彼の頭を撫でた。


「吸うの?」
「…吸うたら今日はお別れやで」
「それはヤダなぁ」


特に話したい事とかが無くても、ただ一緒にボーッとしてるだけで良い。仁王とは違った安心感を与えてくれる光と過ごす時間が大事だから。
私自身も今日は光に聞きたいことがあったし。


「光…アルプって何?」
「…!どこでそんな、」
「ノアが、言ってたの。なんか最近アルプくさいって」


多分、アルプは光の事だろうという予想の元で私は聞いている。光の反応を見てみて、間違ってはないんじゃないかと思った。少したれ目気味な光の目が困惑を隠せずに私を見ている。


「光…教えて」
「アルプは、夢魔とバンパイアの両方の性質を持つ…」
「光…は、アルプなの?」
「今、存在するアルプは俺だけ」


夢魔。私の知識では、それは異性を惑わせて性交渉する悪魔。けれど私は光にそんな、されたことない。したとしてもキスだけ。


「嫌いになった?」
「…ならないよ」
「今ここで、犯しても?」


ぐるりと視界が反転して光に押し倒された。感情が読めない瞳で光に見下ろされても、何故か怖くなかった。心のどこかで光はそんな事無理やりしないと確信していたからか、それとも、この世界に来てから精市さんや跡部さん以外に、不二さんや丸井さんなど、多数の人に体をさらけ出した私の感覚がずれていたのか、ただ私は光を見つめ返した。


「抵抗せぇへんの?」
「うん」
「…」


しばらく見つめあっていたけれど、先に視線をそらしたのは私だった。光の目を見ていると何だかめまいのような感じがして、怖かったからだ。


「俺は、抱いた女を孕ませてしまうんや」
「…うん」
「何百年の間に、かなりの女を孕ませた」


あまりにも衝撃的な告白にまだ大人になりきれない私はうまく反応が出来ない。それこそ、光は私の何倍もの時を生きてきたのだと今分かった。


「けど…」


その瞬間、光の表情がくしゃりと歪んだ。なぜだか私はそれと同時に一番悪い話の結末が見えてしまった。


「光、もう、」
「全部…」
「光っ…」
「全部、っ流れてしもた」


光は泣いていたわけではないけど、私には、泣いているように見えて必死に抱きしめた。生まれた時には息をしていない、母親も一緒に死んでしまう、と苦しそうに一言一言絞り出す光も、私に縋るように抱きついた。


「せやから、俺はイブを抱かん」

「失うんが、嫌やから」
「んっ、ぅ!」


首に顔を埋められていた延長で、光は私の首に牙をたてた。じゅる、と血を吸う音には慣れたが、この感覚にはいつまで経っても慣れない。光の頭を抱え込んで耐えながら、光の話を整理していた。


「っは、…ぁ…んぁ、ひか…る」


しばらくして顔をあげた光の口端からは血がこぼれていた。その頬を両手で包んで、引き寄せながらゆっくりと唇を合わせた。私からキスをするのは初めてだった。


「私は、そばに…いるよ。だから、泣かないで…」
「イブ…ありがと」


少しずつ視界が霞はじめた。それが光と会える夢の終わりだと知っている私はまだ別れたく無くて力の入らない手で光を掴むけれど、無駄なあがきでしかない。


「イブ、……いに…明日、……って…」


最後のあたりは何を言っていたか聞き取れなかった。でも私は一生懸命頷いた。





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