Theotokos | ナノ








私の朝は、遅かったり早かったりと、統一性のない朝。早く目覚めるときには決まって隣に精市さんが眠っている。でも今日は違った。早く目覚めたのに、私の隣は空っぽ。あんなに彼を疎ましく思ったことがあったというのに、いつの間にか彼の温もりが当たり前のように錯覚して安心感を感じていた。時間はまだ3時。そっとベッドから抜け出した私は迷うことなく部屋を出た。向かいの部屋へと自然に足が向いてしまう。今までに一度だけ入ったことのあるその部屋は仁王の部屋である。私の目が開いている間は常にそばに居て相手になってくれるからか、私から仁王のところへ押しかけたりすることは無かった。でも、何かあったらいつでも、と言っていたその言葉に甘えて、今こうして扉を開いているのだ。耳を澄ませばわずかに寝息が聞こえる。3時だ、寝ていて当たり前。足音を忍ばせてベッドまで行ったが、布団に埋もれるように仁王は眠ったまま。長い睫が影を成している。


「仁王…」
「…ん…?…イブ?」
「起こしてごめんなさい」


普段の仁王からは考えられないような無防備な光景だった。一緒に寝てもいい?そう尋ねると私の入るスペースを空けて布団を捲った。


「初めて、じゃな。」
「…うん」


自然と頭の下に敷かれた腕。所詮腕枕と言う物だ。寄り添うように寝そべって瞳を閉じると、仁王も私を抱き枕のようにしてもう一度瞳を閉じたようだった。それからは簡単に眠りの世界に旅立っていけた。

人肌ほど、安らぎを与えられるものはないのではないかと思う。

次に目覚めた時、私は自分の部屋に居た。部屋のテーブルの上には朝食が並べられつつある。ワゴンの上に乗っている皿を仁王が忙しなくテーブルの上に並べていた。おはよう。と後ろから声をかけると、少し振り返った仁王は目を細めて微笑んだ。こんな顔はめったに見られたものではない、と言いたいところだが、割と仁王は私に対しては優しいし、雰囲気もやわらかい。時計を見れば、遅くもなく、早くも無い、オーソドックスな時間だった。顔を洗い、着替えをしてテーブルにつけば、仁王が紅茶をカップに流しいれた。


「今朝は、ごめん」
「…別に、気にすることでもない」


ポンポン、と軽く頭に乗せられた掌。安心、するんだよなぁ。仁王は魔法使いなのか、と思ったこともあるがそんなことあるわけ無いので口には出さない。私がクロワッサンに手を伸ばし
食事を始めると仁王は向かいの椅子に座る。一緒に食事をするためだ。初めは傍らに立っていたり、部屋の中の花に水をやったりしていたが、私が一人で食べるのは嫌いだと言ってからはこうして一緒に食べてくれる。


「あのね」
「ん」
「……」
「どうしたんじゃ、言いたいことははっきり言いんしゃい」


食事中にする話ではなかったために、少し口を開くのを躊躇ってしまう。でも、いったん言い始めたら、やっぱりいいとも言いにくい。


「食事中に言うことでもない…ん、だけど」
「ああ」
「……こないの」


主語を伏せたが、数秒考えたのちに仁王はああ、と納得した。それからパンを頬張って咀嚼したあと、私に視線をよこした。


「大丈夫。避妊薬のせいじゃ」
「避妊薬?」
「飲んだ覚えがないんは当たり前。俺が飲ませたからな」
「毎日?」


私が眠ったあと、仁王によって飲まされていた、と。そんな話って…と思ったが、彼本人が言うのだから間違いは無いだろう。そっか、と納得したら彼も満足気に口角を上げた。

そして、私宛に贈り物が届くのは昼過ぎのことだった。仁王がそれなりの大きさの籠を抱えて私の元にやってきた。跡部さんからの贈り物らしい。彼から何かを送られるようなことは無いはずなのだが、とりあえずその籠を開いてみることにした。


「…わぁ…!」


籠の中には小さく丸まっている子猫。あまりに小さいその姿に、思わず感嘆の声を上げてしまった。仁王は中身を知っていたらしく、よかったな、と笑っていた。みーみーとか細い泣き声がして、子猫が籠の中から私を見上げた。精市さんの髪と同じ色の毛と、何か訴えかけるような瞳を持った猫だった。抱き上げても抵抗はなく、寧ろ私に向かって手を伸ばしてくる愛らしいそれを、抱きしめた。ただ、その猫には、私の知っている猫と違う部分があった。背中に羽があるのだ。もちろん天使のような羽ではなく、こうもりのような羽。


「飛ぶの?」
「いや、今はまだ飛ばん。生まれてすぐじゃからな。」
「そう」


この猫は、希少なものらしく、こちらの世界では一般にペットとして飼われるがそれはかなりの金持ちぐらいなものらしい。しかも、悪魔の一種だという衝撃の事実。名前を与えてやれば、一生従順な生き物。私が死ねば、この子も死ぬ。常に私の傍に居て守ってくれる。もともと主を求める生き物だからこの猫は、私に名前を求めている。


「イブはこれから、危険に晒されることがあるかもしれん。じゃから、コイツは贈られたんじゃ」


私の血には価値がある。狙っているものも少なくない。分かっていることだったけれど、改めて実感すると、怖いものだ。


「この子、雄なのかな」
「ああ」
「名前かぁ…」
「焦って決めんでもええよ。それはイブのもんじゃき」


仁王の言葉に頷いてひとまず籠の中に猫を戻そうとしたのだが、


「あ、あらら」


猫が嫌がり、服に爪をたてていた。解れるとわかりやすい場所なだけにあまりよくない。仕方なく抱きなおし、ソファーに座りなおした。膝の上に落ち着いた猫を撫でながら名前を考える。今まで生き物を飼ったことがなかったから、もちろん名前なんて付けることは無かったので、慣れていない。


「ノア…なんてどうかな?」


ぴく、と耳を動かせて私を見上げたのち、みーとさっきより覇気のある泣き声をあげた。気に入ったってことでいいのかな?ノアと呼びかけながら目線の高さに持ち上げると私の頬に前足を乗せてきた。ふにふにとした肉灸を押し付けるように押してくる。なんだか自分の意思をしっかりもったような印象を受けた。猫って、知能高い生き物なの?


「気に入った?」


もの言いたげな瞳が、それで満足してやるよといっているようで、不思議な感じ。


「におー」
「なんじゃ」
「この子何食べるの?」
「…あー…今はまだ食べれんと思う」
「今は?」


そのうち分かる。と仁王は何かを含んだ笑みを浮かべて再び自分の仕事をこなし始めた。




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