03まいねーむ、ゆあねーむ。
「貴様の名を教えろ」
「……土下座して頼んでくれたら考えます」
「このDIOに土下座しろと言うのか」
「はい」
「…………、」
DIOの館に来て数日。いつの間にか部屋に入ってきたと思ったら名を名乗れと言われた。名前も知らずに誘拐していたのかと、少しだけ驚く。というかジョースターの血統以外の名前を知らないのだろうか。そんな気がする。
腕を組んで何か言いたげな表情で私を見てくるDIOに素直に名前を教えようなんていう気は全くない。だが、教えなければ駄々をこねそうだ。吸血鬼も100年以上生きれば一周して子供に戻るらしい。
「部下に聞けばいいんじゃないですか」
「何故わたしがそこまでしなければならない」
「知りたいなら努力をするべきですよ。というか、努力って呼べるほどのものでもないじゃないですか」
部下にちょっと尋ねるだけで解決する問題を、何故わざわざ私に聞くなんていう(私が)めんどくさい事をするのだろうか。
……私の名を知らないという事は当然私の家族もスタンドも知らないのだろう。第一、スタンドに関しては承太郎たちにも言っていない。私は秘密主義なのだ。
しかし、家族か。今頃何をしているのだろう……少なくとも警察に捜索させているだろう。それから、少々不眠状態かもしれない。私の家族は、過保護に近いから。置き手紙のひとつじゃきっと納得できないだろう。
「私の名前、そんなに知りたいですか」
「教えろ」
「人に頼む時は?」
「何故おれが貴様に頼まなければならない」
あ、一人称が『おれ』に戻った。どうやら部下の前では『わたし』と言っているらしい。この前トンデモファッションをした長髪の男に偉そうにしているのをこっそり聞いたことがある。
こんな高圧的なひとの何処がいいのか、私にはわからない。本当にDIOにはカリスマというのがあるのだろうか。それとも、私が鈍感なだけなのか。
というか本当に何でこのひとは私にわざわざ名前を尋ねるのだろう。まるで、新手のナンパみたいだ。順序が逆どころか斜め後ろをいっている感じがするけど。
「あなたに名乗る名前はないです」
「何ィ……貴様だけおれの名前を知っていて不公平ではないか」
「ひとをスタンドの力で無理やり誘拐した人に不公平とか言われたくないです」
「ぬ……おれは、いい」
「まるで小学生みたいですね」
「貴様、おれを侮辱しているのか」
ええ、そうです。と言ったらそろそろ本気で息の根を止められそうだったので黙る。
それにしても、そんなに私の名前を知りたいのか。確かに『貴様』と呼ばれるのは気分がよくない。かといって名前で呼ばれるのはもっと不快指数があがりそうだ。
……まあ、ここに居る限り私に選択肢はないのだけれど。
「ところであなたの本名はディオ・ブランドーというそうですね」
「……何故貴様が知っている」
「ジョセフさんから聞きました。ジョナサン・ジョースターの事も。その肉体の首から下はジョナサンのものですよね」
「あぁ、そうだ。おれは奴から肉体を奪って生き延びた」
「この場合は、肉体的にはジョナサンだけど精神的にはDIOなんですよね。人間の神秘を思い切り冒涜していますよね」
「神秘など、意味のないことを」
果たして本当に神秘は意味のないことだろうか。神秘と感じるものを追及していった結果、今の世界の技術に繋がったものもあるだろう。それは神秘ではなく科学や数学といったものに分解されてしまっているけれど。
吸血鬼が存在するこの世界にはまだまだ神秘と呼べるものは沢山あるのかもしれない。例えば、スタンドとか。
「何を意味のないことかを判断するのは個人の自由ですよ」
「ならば貴様は人間に神秘を感じるのか」
「そうですね。私は世界に神秘を感じますよ」
「世界、だと?」
「世界中のありとあらゆるものに神秘を感じます。人間にも、植物にも、空気にも、土にも、或いは時間にも」
時間、と言った瞬間わずかにDIOの眉が動いた。時間……に、何か思い入れがあるのだろうか。まあ、流石に100年以上生きているとなると、色々と思う事はあるのかもしれない。私には解り得ないものだろう。
「……貴様、また話を逸らしたな」
「あ。バレましたか」
「名を名乗れと言っているだろう。それとも、名乗りたくない理由でもあるのか」
「ええまあ。貴方に呼ばれたくないという立派な理由がありますね」
「…………」
今にも射殺さんとする目線に少しだけ危機感。
逆に問いたいのだけど、DIOが私の名前を知って何の得があるというのだろう。メリットはない気がするのだけど。私への嫌がらせっていう点でなら大アリかもしれないが。
……うん、まあ別に教えてもいいか。
「貴方に名乗る名前は持ち合わせていないのですよ」
「貴様、」
「ですが私は貴様という名前ではないので。久遠色という名前がちゃんとあるんですよ」
「……色」
「うわ、やっぱ名前で呼ばないでください。虫唾が走ります」
「……」
非常に残念な顔でDIOが私を見てくるけれど、それは無視して。
さて、名前を教えたことによるメリットはお互いどれほどの価値があったのだろうか。