02誘拐犯は気まぐれ



 ジョースター一行から誘拐してきた奴は、女というにはまだ幼く、かといって顔が悪いわけではない。成長すればそれなりにこのDIOにふさわしい顔立ちになるだろうと思った。
 ただ、一点。性格に問題があった。奴はおれを見ても他の女のような反応を見せない。何を考えているのかわからないような表情でおれを見る。少し会話をしてわかったのが、奴の考えは理解できないものだということだけだった。
 さっさと餌として食って捨ててやればいい。そう思ったのだが、心とは反面に言葉は勝手に言葉を紡いでいた。「気に入った」と。
 腕を伸ばし顔を近づけても顔色ひとつ変えない奴の表情を、変えてやりたい。恐怖に歪む表情を、或いは恋慕に酔う表情を見てみたいと思ったのだ。





「……邪魔です」
「そうか」
「そうか、じゃないです。邪魔です」

 奴が本を読みたいと言ったのでいくつか適当に本を貸してやったら、おれの存在をまるで無視して本を読みだしたので気に入らない。
 だから後ろから抱きしめてやった。たいていの女はこうすると心臓が跳ね、おれ以外の事を考えられなくなるのだが。

「読書を邪魔するのが趣味なんですか」
「それは少し違うな。貴様の行動を邪魔するのが趣味だ」
「最悪ですね。沈んでください」

 おれを邪魔者だと言って鬱陶しそうにする女は初めてだった。それも心とは裏腹に、というわけではなく、心底思っているように言うのだ(実際そうなのだろう)。
 おれはますます振り向かせたくなる。妨害をしたくなる。その事に奴は気付いているのだろうか。
 抱きしめる手に力を込める。が、奴はもう何も言わなかった。本当に本に集中している。
 ……気に入らない。気に食わない。

「……何してるんですか」
「わからないのか」
「服に手を突っ込まないでください」

 期待した反応とは違ったが、奴はようやくおれを見た。
 呆れたような目と、歪む口元。そんな顔は今まで一度も、誰からも向けられた事はなかった。
 にやり、と口角があがるのを止められない。この顔だ、おれが望んだのは。

「やめてほしいのか?」
「さっき言った事も忘れるんですか。脳味噌衰えたんじゃないんですか?」
「焦っているな」
「そりゃ焦りますよ。変態に身体触れられて喜ぶひとはいないでしょう」
「貴様だけだ、悦ばないのは」
「逆に考えるんですよ、今まで会った女の人が変人だったのだと……」
「どう考えても貴様の方が変人奇人の類ではないのか?」
「変人奇人に言われたら私も流石にショックで寝込みますよ。今すぐ寝込みたいです。そして全部夢だったんだと安心したいです」
「寝るのか?」

 露骨に嫌な顔をしてそいつはおれを見る。『こいつ本格的に頭どうかしてるな』という目だ。これはこれで気に食わない。だが、読みかけの本は閉じられている。その部分だけでいうのなら満足だった。
 このままベッドに行き行為に及ぶのも悪くはない。悪くはないのだが、何故だかそうしようという気にはなれない。

「寝るならひとりで寝たいです。朝起きたら誰かさんが隣に居たなんていう事態はもう嫌なので」
「まだ根に持っているのか」
「当たり前じゃないですか。何で他人と一緒に寝なければならないんですか」
「他人、か。承太郎たちとは寝たのか?」
「誤解を招くような言い方はやめてください。当たり前ですが同じベッドで寝た事はないです」
「仲間とは寝ないんだな」
「仲間といえど他人は他人ですよ」

 まるで突き放すように言う。その言葉に悪意は感じられない。つまり、本当に純粋に仲間を他人だと思っているのだ。
 生温い慣れあいをしなかったのだろう。好感が持てる、ような気がした。何かがひっかかる。

「何故貴様は旅をしている?」
「旅行したかったんですよ」
「おれの眼を見て言え」
「見てるじゃないですか。目悪いんですか?」

 いいや、違う!貴様はおれを見ていない。おれの遥か遠くを見ている。何を想っている?故郷か?家族か?それとも、ジョースター家の奴らか?
 酷くイライラとした気分になってきた。このままベッドに連れて行って押し倒して貪ってやりたいという衝動がおれのなかを駆け巡る。
 だが、駄目だ。おれはこの女に手は出さない。いいや、手を出せないのだ!

「手、痛いんですけど」
「貴様が悪い」
「はあ。さっきから機嫌が良くなったり悪くなったり忙しいですね」
「……貴様が悪い」

 興醒めだ。おれは身体を離して部屋から出る。当然、奴から声はかけられない。
 気晴らしに今日の『食事』を探しに外に出ようかと考える。女はおれが声をかけたらすぐに着いてくる。警戒心などまるで役に立っていない。馬鹿な女どもだ。その馬鹿を食べるおれは一体なんだというのか。
 ……ああ、そういえば奴の名前をまだ知らなかった。日本人だというのはわかるのだが、それ以外のデータをおれは知らない。部下から聞かされていたのかもしれないが、その時のおれは必要のない情報だと頭の片隅においやってしまった。

 奴のスタンドを知っている部下は、いるのだろうか。




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