01誘拐犯がやってきた
目を開けたら、変な格好をした金髪の青年がにやにやとしていた。その光景に思わず二度寝をしたくなった。
というのがまず第一の感想だった。
「待て、寝るな」
「嫌です。現実逃避します」
「『現実逃避』だと?それはこれが現実と認めているということだな」
「認めたくないけど認めるしかないんですね」
「……フン!貴様のような女、はじめて見たぞ。このDIOを目の前に現実逃避をするなど」
「よっぽどの自信があるんですね、毎日自分の姿を鏡に映して一時間くらい眺めてそうです」
「む……何故わかった?それが貴様のスタンドか」
「え、本当にやってたんですか?ドン引きってレベルじゃないですね。ドン底ですよ」
まるで予定調和のような会話。しかし初対面である。少なくとも、私にとっては。祖先の因縁でも個人の因縁でもなく、なりゆきで因縁を付けられた。
私が積極的に関わらなければこんなことにはならなかっただろうけど。
「貴様、この状況がわかっていないな」
「わかってますよ。誘拐、監禁は犯罪です。ところでこの場合どこの国の法律で裁かれるのでしょうか」
「このDIOを裁く法など存在しない」
「自信満々に無罪判決を自分で下しましたね。有罪です」
ああでも吸血鬼を裁く法律はないのかもしれない。そもそも存在を認めている人が少ないのだから。
……もし、スタンド使いが犯罪を起こしたら裁ける法律はあるのだろうか。というより、捕まえる事ができるのだろうか。スタンドはスタンド使いにしか見えない。触れる事もできない。それなら、完全犯罪もあり得るかもしれない。そしてその完全犯罪に近い事を、目の前の男はやってのけたのだ。
普通に街を歩いていただけのはずなのに、自分でも気付かないうちに眠っていて気が付いたらベッドの上に寝かされていた。眠っていたのではなく、気絶していたといった方が近いかもしれない。
しかしこのベッド、とてもふかふかである。二度寝とは言わずに何度寝でもしたくなってしまう。そのまま永遠に目が覚めなくなってしまう可能性アリ。
「随分と眠そうだな」
「ええ、ここの所睡眠不足で。誰かさんのおかげで」
昼夜問わずいつ襲われるかわからないから気を張っていなければならないし、とても眠った気がしない……のは承太郎達だろう。実のところ私は安眠快眠である。聞かれた事がなかったから一度も彼らには言っていない。こんな事を言ったらポルナレフあたりが恨めしそうに私を見そうだし。
単純に今の時間が夜だから眠い。たったそれだけだ。
「貴様には危機感がないのか?」
「あまり……今、急上昇しました」
あまりありませんね、と言おうとしたらDIOがベッドにあがってきた。私に覆いかぶさるように見下してきて、圧迫感がある。
流石に頭の片隅で警報が鳴る。けれど、逃げる手立てはない。何しろいつの間にか誘拐されていたのだ。どんなスタンドを持っているのか全く想像がつかない。
「貴様を喰ったら承太郎たちはどんな反応を見せるんだろうな」
「驚く、怒る、殴る」
「……」
「スタープラチナのオラオラが待ってますよ」
「貴様は、」
恐怖心がないのか。
「まさか、ありますよ」だいぶ昔に枯渇して未だに潤いを見せないけど。今の私の状態は恐怖心が目覚めるのを恐怖している状態。つまり、擬似的な恐怖心はある……ということでいいのだろうか。
最大の敵に至近距離で見つめられ、目を逸らさずに言いきれるのは悪いことだろうか。そもそもDIOは私の敵なのか、それすらもわかっていないのに。
なんとなく承太郎達の旅について行っていたのは、単純に学校生活が退屈だったからだ。遊び半分で来るなと再三言われて、再三遊び気分ではないと言った。確かに遊び気分ではなかった。私は自分以外のスタンド使いを見たのは初めてだった。だから、気になった。本気の好奇心だった。そしてその結果がこの様だ。
きっと承太郎達は怒っているだろう。そして、心配しているだろう。もしかしたら私が既に死んでいると思っているかもしれない。それでもいいかな、と少しだけ思えた。
誰かの頭の中で自分が埋葬されるのも悪くない。
「貴様を餌にするにはもったいないな」
「もったいない精神ですか。いいですね」
「しかしただ傍に置くのもつまらん」
「承太郎の所に帰してくれれば万事解決です」
「このDIOの相手をしろ」
「……」
それはどういった意味なのだろう。目の前でにやにやする奴は答えない。私の反応を見て楽しんでいる。
流石に高校生に手を出すとは思えない、というか思いたくないのでこの考えは却下。しかしそれ以外となると……何だろう。話し相手が一番楽な気がする。考え方として。
万が一遊び相手だとしたら一体私の死体がいくつ転がるのだろうか。山積みになって川に流されて地元住民から苦情が来たら嫌だなあ。
「穏便にいきましょう」
「ほう」
「川に流すのはナシの方向でお願いします」
「……貴様の脳味噌を一度見てみたいものだな」
「閲覧料金取りますよ」
よし、なんとか誤魔化せた……気がする。あとはこの態勢を変えるのを望みたいけれど、奴は動こうという気はないらしい。
ああでも、そろそろ本格的に眠気が襲ってきた。何せ吸血鬼じゃないから活動時間はとっくに終わって閉店しているのにサービス残業をしているのだ。
眠いな、と思った時には既に眠っていた……と素直に就寝したい。する。
「サービス残業の時間は終わりましたのでそろそろ寝ます」
「なに、まだ話は終わっていないぞ」
「明日にしてください」
「何故このDIOが待たねばならないのだ」
「100年くらい待っていたのならほんの数時間くらい待てるでしょう」
「WRY……」
あ、今のイラッとした。
というツッコミは明日に取っておいて。
とりあえず、おやすみなさい。