08旅の先
心の痛みを感じなくなって数年が経った今は、痛みどころか他の感情まで枯れかけている。
いつか、誰かが教えてくれるのだろうか。それとも、死ぬまで私は『悼み』を知らないままなのだろうか。
或いは、知らない方が生きやすいと自身の心が訴えかけているのだろうか。
DIOの館は想像以上に広かった。廊下は永遠に続いているように見えるし、天井も高い。DIOの館に居ながら寝室から一歩も出た事がなかったから自分が今何処に向かっているのかもわからないし、承太郎たちが居る場所も目星もつかない。
前後不覚。天地無用。……なんてそれっぽい言葉を並べてみる。全然意味は違うけれど。
とりあえず、下に降りれば承太郎たちといつかは会える。その前にDIOに追いつかれたくはないから、少し早めに歩いて。
少し歩くとすぐに階段は見えた。しかし、階段も長いこと。一般家庭に置いたら家の半分が階段になってしまいそうだ。
階段を下りると所々穴が開き、破壊されている壁が目に入った。よく見渡してみると壁だけでなく地面や柱まで丸く穴が開いていた。
ヴァニラのスタンドがやったのだろうとすぐに検討はついた。
「色……? 色なのかッ!?」
「……ポルナレフ」
ふらふらと危ない足取りでポルナレフは近づいてくる。全身傷だらけだが、そんな状態でも歩いている事に少し驚く。どうも承太郎たちは痛みに耐性がありすぎるような気がする。私も、別の『痛み』になら耐性はあるのだけど。
ポルナレフは私が本人であるのか(或いは幽霊でないか)確認するように上から下までじっくりと観察している。私が久遠色であると認めたのか、一歩近づいてくる。
「お前……よく生きていたな」
「私よりもむしろポルナレフの方が死にかけのように見えますが」
「その答え方……間違いねぇ、本人だ!」
「誰も偽物とは言ってませんよ」
「……お前な」
呆れたような目で見られる。その目が若干赤い事に気づいているけれど、言わない方がいいだろう。
改めて周りを見てもポルナレフ以外の人はいない。承太郎とは別行動になったのだろう。
「他の人たちは?」
「承太郎と花京院、ジョースターさんとは別行動で……アヴドゥルとイギーは……さっき……」
「そう、ですか……、」
あぁ、こういう場合は一体どんな言葉をかければいいのだろうか。残念です? どうしてそんなことに? でも、私は最初から知っていた。ふたりが死ぬ事を、会ったその日からずっと知っていたのだ。
今更、どんな言葉を吐いても白々しさばかりが自分の中に残るだけ。痛みは何処にもない。罪悪感すらも、ない。
「今はここで立ち止まっている場合じゃねえ。先に進んでDIOの野郎を倒すぞ」
言葉が出ない私を尻目に、ポルナレフは前を向いて言う。アヴドゥルさんとイギーの死がもたらしたのは悲しみだけでなく、ポルナレフを成長させたようだった。
今までにないほどポルナレフの背中が大きく見えた。その背中には様々な覚悟があるように見える。私には一生得られないようなものを背負って、歩いている。
「……私も、そう成れたらよかった」
「? 何か言ったか?」
「いいえ。何でもありません。先を急ぎましょう」
先のその先で、また誰かが死んでしまう。それを、見届ける為に。