07花弁


「何か奴らに言いたい事があればヴァニラに伝言させるが」
「いえ。特に言いたい事はありません」
「そうか」
「…………」

 ヴァニラ・アイスが私をじっとりと睨んで、スタンドの口の中に入り込んで消える。スタンド自身も自分の足を喰い、身体を口の中に詰め込み消える。初めて見たけれど、見ていてあまり気分のいいスタンドではない。
 部屋の壁に穴が開く。DIOが言うには、この世の空間から姿を消すスタンドだそうだ。



 ヴァニラは地下に居たテレンスの敗北を告げにやってきた。DIO曰くテレンスの敗因は『DIOのために死んでもいいという覚悟が足りなかった』だそうだ。
そしてDIOはヴァニラの覚悟を試すように、ヴァニラに血を寄越せと言った。ヴァニラは当然のように自身の首を切り落とし捧げた。
 DIOは『殺すのがもったいない』とヴァニラを生き返らせた……どうやら、私のスタンドは相手が『生き返る』場合はそれを死と見做さないらしい。私が見たヴァニラの死は太陽によって焼かれて死ぬ光景。恐らく、あと一時間もしない内に死ぬだろう。

「貴様はジョースターたちに助けを求めないのか」
「求めなくてもその内来るでしょう」
「来る前におれが殺すとしたら?」
「その時は諦めますよ」

 なんて、嘘だけど。少なくとも承太郎は必ず来るだろう。そしてDIOはきっと今日中に死ぬ。確定された未来に諦めはあるのだろうか。

「おれがお前を永遠に生かし続けてやる」
「永遠なんて何処にもないですよ」
「おれがお前にとっての『完璧』になってやる」
「……なれるものなら、どうぞ」

 自信にあふれている言葉だった。その自信は一体何処から来るのだろう。羨ましくはないけれど、少し滑稽ではある。
 例えば自身が数時間後に死ぬ事を知っていたら、DIOはどうするのだろうか。足掻くのだろうか。逃げるのだろうか。それとも己が死ぬ運命を支配しようとするのだろうか。
 DIOは諦めが悪いししつこいから、最後の最後まで生きようとするだろう。

「今、ここで貴様を吸血鬼にすれば、その生意気な口も少しはまともになるのか」
「たとえ吸血鬼になろうとも、私の思考感情過去経験が変わるわけではないでしょう。『肉の芽』でも植えつけられたら変わるかもしれませんが」
「それでは意味がない」

 何の意味だろう。そもそも、私がここに居る事自体どんな意味を持っているのだろう。承太郎たちを困らせたかっただけなのだろうか。だとしたら、かなり子供っぽい。

 下階から派手な音が聞こえる。ヴァニラが戦っているのだろう。あのスタンド能力だったら一瞬で呑まれてしまいそうだけれど、皆は無事だろうか。それとも既に誰か――アヴドゥルさんかイギーか――殺されたのだろうか。
 少なくとも、この館の中で死ぬのは確実だと思うのだれど、果たしてそのタイミングは。今なのか、もう少し未来なのか。

 …………、……、………………。

「……その顔は何だ」
「ついに顔にまで文句を言い始めましたね。生まれつきですよ」
「そうじゃあない。その表情、まるで苦虫を噛み潰したようだ」
「実際に苦虫を噛む人が居るんですかね」
「おれは見たことがあるが、ちょうど今の貴様のような顔だったぞ」
「そうですか。嬉しくない情報をありがとうございます」

 DIOの事だから人の口に虫を突っ込んで遊んでいそうだ。性格が悪い。ひとのことは言えないだろうけど。

 仮にも仲間である彼らの死を、まるで待ちわびるように考えていた私はDIO以上に最低な人間だったのかもしれない。決して待ちわびているわけではないのだけど、どうしても考えてしまう。予想してしまう。嫌な癖がついたものだ。
 今ここにナイフがあったら自分の足に突き刺してしまいたいくらい、自己嫌悪と自傷の気持ちが溢れている。ナイフはないので代わりに爪を腕に突き立てる。

 あぁ、痛いなあ。

 そう思う事は自然なのに、どうしてか心は全く痛まない。むしろどんどん冷え込んでいくように、色々な感情が何処かへ行ってしまう。爪を立てて痛みを得ても、それは身体的な痛みでしかない。

「何をしている」
「…………」
「色?」
「……なんでもないですよ」

 下の階で断続的に鳴っていた破壊音がいつの間にかやんでいた。ヴァニラは死んだのだろうか。私が最後に見た彼の眼はやっぱり恨めし気なものだった。
 つい数分前、目の前に居た人が死んでももう何も感じられなくなった。昔はもっと、悲しみとか、そういったものを感じていたのに。
 慣れ過ぎるのも考えものだなって、やっぱり別の事を考えてしまう。

「行くんでしょう。承太郎たちの所へ」
「…………」
「私はここで待ちません。私も承太郎たちの所へ行きます」
「ッ、」

 ぶわり、と。
 部屋中に白色の花弁が舞う。私のスタンドのもう一つの能力だった。
 死者に捧げる花を生み出す。量に制限はない。私の気が済むまで花を生み続ける。一度、自分の部屋を花だらけにして両親を困惑させたことがある。
 DIOも今頃困っているだろう。突然現れた大量の白菊と、白百合に。その隙をついて部屋を出た。久々に部屋の『外』に出られたという実感を感じる間もなく私は廊下を歩く。
 DIOの寝室から出た事はなかったから何処へ向かって歩いているかはわからないけれど、その内承太郎たちと会えるだろう。

 終わりは、近い。


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