少しの沈黙の後、男が明かりのスイッチを返事と共に押した。急に明るくなる室内。目がまだ慣れないでいたが、私は男の容姿を男に押さえつけられたまま見つめた。
男の年齢は30代前半といったところだろうか。高そうなスーツを着こなし、どこか有名な会社に勤めるエリートサラリーマンのようにみえる。そして、一般に美形といわれる顔立ち。
……どこかで見たことがあるような気がする。
「あの、名前は?」
「エリハーン・グッゼだ」
男が眩しいのか、目を細めながら言った。
その顔を見た瞬間、私の頭の中に埋もれていた記憶が出てきた。
幼い頃、この家で聞いたことのある声。流暢な日本語を話し、外では必ず癖のように目を細めていた日系人の外人男性。その頃から現在まで時の流れを感じさせない程変わらぬ容姿。
そして、今。窓を割らずにこの部屋へ入ってきておじいさんの名前を言い、友達だという男。
「グッゼさん、貴方は一体何者なんですか?」
ゆっくりと、グッゼさんの金色に光る目を見ながら尋ねると、彼は私の首筋に指を添えてこう言った。
「我はヴァンパイアだ」
「ヴァ、ヴァンパイア……。女性の血を好んで飲むと云われるあのヴァンパイアですか?」
「いかにも。……信じられないか?」
グッゼさんは私の腕を離し、部屋の真ん中にあるソファーへと腰掛けた。
正直、ヴァンパイアなんて信じられない。だが、私の直感が彼は本物だと告げていた。
「いえ、信じます」
「おや、先程まで疑いの目を我に向けていたではないか」
クスッと笑うグッゼさん。
私は彼の言葉に返事をせずに尋ねた。
「おじいさんが亡くなって10年以上も経つのに、なぜ今頃この家に来たのですか?」
「お主に用があったのだよ、カンナ」
「……なぜ私なのですか?そして、この家にどうやって入って来たのですか?」
口調が荒くなったのが自分でもわかった。
「我の能力をもってすれば、この家に入ることなど容易いわ」
「能力?」
「あぁ。我々ヴァンパイアには様々な能力が備わっておる。まぁ、我々の仲間になるというなら教えてやらんでもないが……どうする?」
どこから取り出したのか、赤いワインを片手にこちらを見るグッゼさん。
「……お断りします。それで、もう一つの質問には答えて頂けますか?」
「なぜお主に用があるのか、ということだな?」
「はい」
「今日ここに来たのは、お主と契約を結びに来たのだ」
「契約?」
「あぁ。本当はタツロウが生きている時にしたかったがタツロウが許してくれなくてな」