一度言葉を交わしてみれば、それからは以前より彼──三好くんの姿に気付くことが多くなった。向こうもこちらを認識してくれるようになったからか、それまでは留めることなく何となく目線を流していた場面でもふいと意識を向ければその先で彼がこちらを見ているなんてこともたまにはあったりして。そうしてひらひらと軽く手を振ってみればそこはあの三好くん、特に何か反応を返してくれることもなくつんと顔を背けられて、まあ、らしいな……なんてひとり苦笑した。


「わか、三好くんのこと気になってたりするの?」

そんな日々が続く中で、まさに私と彼を巡り合わせた恋人の片割れ、ちーちゃんがああそういえば、と当たり前の様に尋ねてきた。

「わ、直球だ」
「だって、見ててそう思うから。波多野くんともね、最近は良く二人のこと話すの」
「そうなんだ。……んー……、」
「何ならもっと直球でも良いよ?ずばり好きなの?とか、ね」

にこり笑うちーちゃんの表情は柔らかくて、話しているのは繊細な内容の筈なのに全く嫌な気持ちにはならないから不思議。

「……多分。そうなんだと思う」
「そっか」
「ん。……けどさ、三好くんって、……好きになっても、良いのかな」
「え?」
「だってあの三好くんだよ?皆の憧れなんだよ」
「それだとどうしていけないの?」
「……私、三好くんのどこを好きになったんだろうって……実は良くわからなくて」

三好くんを初めて見た瞬間から惹かれるものがあったのは確かだ。けれど、あの時そう感じたのが私だけではなかったことは周囲の状況から理解できたし、それならば彼に対するこの感情は実はそれほど特別なものではないのかも──当然のように皆に憧れられている存在だから、ただ私もその例に漏れず彼に対して何となく好意的に見ているだけなんじゃないのかと、そう思ってしまうのだ。

「本当は他の子達と同じで、ただ憧れてるだけなのかなって」
「……うーん、考えすぎだと思うけど?」
「かなあ……」
「参考までにね、私も三好くんのことは綺麗だと思うけど、やっぱりそういう好きとは違うよ」

けれどまあ他の子みたいに憧れとまではいかないけどね、と悪戯っぽく笑うちーちゃん。

「……ちーちゃんにはだって波多野くんがいるから」
「それはそうだけど」
「あーほら、のろけだ」
「ふふ、」

たまには許してよ、とちーちゃんはうっすら目を細めた。



「あ、」

ばったり。
ちーちゃんを教室に残してひとり購買に向かう途中で丁度出会してしまったのは、まさに今まで話題にしていたその人だった。

「ど、うも」
「……何だよそれ。君はもっと馴れ馴れしいのかと思ってた」
「う、……」

改めて対面するとやっぱり同じ高一とは思えない雰囲気で、この間普通に会話したのが幻みたいだ。こんな人を好きになってしまったって、もはやそこから実感が湧かない……と、いうか意識してしまったらますます近付き方が難しくて──

「……」
「……」

何を言えば良いのかわからなくて、もはやさっさとこの場を立ち去ってしまいたくなる。そうだ私は購買に行くという目的があるわけだし、ならばやっぱりそうするのが自然じゃないか。
“先に口を開いた方が負け”みたいな、何だかそんな雰囲気すら漂う気まずさに別れを告げる為に「じゃあ、私は行くところがあるから」と、一見お決まりのようで実は案外言ったことはない台詞でも吐いて立ち去ろうとした、その時。


「若宮」


──え。


え?
“若宮”と──そう紡いだ声は紛れも無く彼のものだった。名前、呼ばれた。初めて──と、いうか──

「……名前、私の」

びっくりした。私は三好くんを知っているけど、彼に名前を教えていないから。

「波多野に聞いた」
「あ……そうなんだ」

明かされてみれば至極単純なタネで、だけれどそれにしたって驚くことには変わりない。どころか、この人がわざわざその為の労力を割いたという事実が一層そう感じさせた。そんな私の心境を知ってか知らずか涼しい顔の三好くんはするりと、これまた涼しい声で続ける。

「前の時に君は僕のことを知りたいって、そう言っただろ」

……改めて本人の口から聞くとなかなか大胆な宣言をしたものだと気付く。けれど、あの時確かにそう言ったのは覚えている。

「……うん」
「別にそれは好きにすれば良い。ただ、フェアじゃないのは嫌いなんだ」

はっきりとした口調でそう言った三好くんは悪びれる様子もなく──勿論、悪いことなど何も無いから当然なのだけど──そうだ、私だけが先に彼の名を知っていて、この人はそれを良しとしなかった、と。“フェアじゃないのは好きじゃない”か。そうか──

「……」
「?おい」
「……そっかあ、」
「は?」
「あ、うん。……うん、……ふふ、」
「……僕を知る以前にまともに話す気がないのか?君は」

思いっきり嫌な顔をされた。だけど表情としては崩れても、その顔立ちすら相変わらず絵になるのだからすごい。改めて、すごい人を好きになってしまった。

「……三好くんって厳しいね」
「優しくして欲しいならそれなりの事を言えよ」
「……」

それなりとは。
結局こうして厳しい言葉だけを浴びせられ彼と別れて、購買を目指し歩きながら考えてみたけれどわからなかった。三好くんが心を開いてくれる日は果たして来るのだろうか──本当に、すごい人を好きになってしまった。

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