──ねえ、知ってる?駅前に新しくジェラートのお店が出来たって。


はいはい、知ってる知ってますとも。むしろ、知らないの?オープン記念で、今月中は“カップル”で行けばもう一つずつサービスしてくれるの。
……そう。カップルで、ね。



「……疑われなかったね」

ちょうど空いていた店内奥のソファに隣り合って座る波多野くんに小声で耳打ちする。

「わかるわけないっての……あほか」
「何よぉ」

カップル来店特典のジェラートもう一つサービスに付き合ってくれた波多野くんは残念ながら“私の”彼氏ではない。いつもやる気なさそうな目をしてるくせに元の顔立ちはなかなか整っていてその上文武両道。実はちゃんとモテる。当然彼女持ち。

「……ちーちゃんに悪いと思わないの」
「あ?言い出したのはお前だろ」

“彼の彼女”のちーちゃんは私の親友。当然今私と自分の彼氏がこうしていることは知っていて、何なら私がこの話題を切り出した時に彼女の方から「今月中なら私は休み合わなさそうだし、二人一緒に行ってきたら?」って提案してくれた。優しすぎでしょって思うけど、それだけ自信があるのかなあって羨ましくもなった。

「正妻の余裕かあ」
「くだらね……てかお前も何普通に納得してんだよ。他に誘うやついんだろーが」
「それが出来たら苦労しませんー」
「うぜえ」

確かに、親友の彼氏を借りてまで来るくらいならもうちょっと頑張って、そうしていれば今隣にいるのは“彼”だったかも知れない。でも本当に好きな人を彼氏ですって、別に追求されるわけじゃなくても装うなんてさすがに無理。そんな勇気、今の私には無い。ましてや相手はあの人だし──

「……三好くんが他の子誘ってたらどうしよう」
「ぜってーないから。そこは安心しとけ」
「わかんないじゃない……」
「馬鹿なの?お前じゃないんだからそこまで食い意地張ってねえって」
「……でも、似合うよ?ジェラート、三好くん似合っちゃうよ」
「……もーいい。言っとけ」

カップル特典なんて触れ込みだったから何かそれとわかるように証明しなきゃいけないのでは、と内心びくびくしながら注文したけどそんなことはなく。学校帰り制服姿の学生二人をわざわざ疑う必要ありませんとでも言うように何事もなく私達はサービス分まで受け取れた。まあそりゃそうか。

「……今度はさあ、ちゃんとちーちゃんと来なよ」

先にバニラ味を片付けて、二つ目の赤いベリー味に手を付けながら呟く。

「部活の休み合えばな」

そう言う波多野くんのカップは既に残り僅かになってる。今はもう無い一つ目は確かチョコレート味、で、少し残ってるその黄色いのはレモン味だっけ。しまった、最初に頂戴って言っとくんだった。まあ、そもそも言ったところでくれるかどうかは微妙なとこだけど。ちーちゃん相手なら、わざわざ頼まなくてもあーんとかってしちゃったりするのかな。……あ、ダメだ無理。

「……ぷ、っ」
「何だよ?」
「ふ、っ……!や、ごめん、……ぷ、ふっ」
「……ぜってーしょうもないこと考えてんだろ」
「ごめ、ごめんって、」

想像したらダメだった。ちーちゃんは良いんだけど、この仏頂面が彼女に対して甘甘でれでれなのを思い描いたら我慢できなかった。面白すぎる。頬が緩んでしまうのを堪えきれない。

「気持ちわりぃ」
「いやほんと、ごめん。
……ふう。良し。もう大丈夫、忘れる」
「ったく……」
「ん、悪いね。あ、改めて、付き合ってくれてありがと」
「礼なら千崎に言っとけ」
「だね」

何だかんだ本当に良く出来たカップルだと思う。お互いにちゃんと信頼で結ばれてるってこういう時に伝わってくるもの。自分のことじゃないのに勝手に運命感じちゃうくらいの二人だから私が心配するまでもないのは充分承知だけどこんな機会だし、一応釘でも刺しておこうか。

「けどやっぱり波多野くんにもお礼に一つ教えといてあげる。あのね?ちーちゃんって人気あるんだからね」

美人で面倒見良くて、波多野くんに負けず劣らずの文武両道。皆ちーちゃんが大好き。もちろん私も。

「知ってる」
「ちゃんと大事にしてよね。誰かに取られちゃダメだよ」
「わざわざお前に言われるまでもねえよ。馬鹿」
「うるさい」

もう良いよ黙れこの色男。なんてね。やっぱり言うまでもなかった。

「御馳走様ですぅ」

ちょうど空になったカップとお似合いの二人に向けた言葉。日本語って便利だな。どうぞ末長くお幸せにー。
店を出て別れ際、波多野くんが「けど、まじでさ」なんて切り出すから駅に向かう足を一旦止める。話があるなら店内で言ってよって言いたくなった。

「いつまでもうだうだしてると、それこそ他の奴に取られんぞ」
「……わかってるよ!」

わかってるけど。そう簡単にはいかないんだよ?誰もが君達みたいに上手くいくとは限らないんだからね……?あーあ、何が青い春だ。青くなくたって季節は巡るし、むしろ青っぽい季節なら雨の梅雨時期のがそれらしいじゃない。あーあ。日本語って便利だけど、時々良く分からない。

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