甘利くんと二人、公園のベンチに並んで座っていると周りの女達の視線が物凄い。原因の彼は隣で煙草の煙をふうと吐き出していて至って通常通りなわけだけど、それがまた厄介だと思う。

「色男過ぎるのも考えものね」
「ん、悪いなんだって?」
「聞こえてるくせに。二度も言わない」
「バレてたか」

にやりと口角を上げて笑う甘利くんはハンサムと言う他なくて、そりゃあ視線を集めてしまうのも無理はないと納得する。まあ今は任務中でもあるまい、公園という開けた場で只抜群の色男が夕陽に照らされそこに座っているだけなのだ、注目されない方が不自然なくらいだった。
ふと花壇に植えられている花とそれに群がる無数の蝶が目に止まって、まるでそのまま今の甘利くんみたいだと思った。美しい外見と甘い香りで引き寄せて辿り着く先には魅惑的な蜜、狙った獲物はその全てで絡めとる……とは言っても何も害を加えるつもりもなく本当にただ必要以上に引き寄せてしまっているだけなんだろうけどね、花も貴方も。と思ったままのことを好き勝手に宣う私を、甘利くんは柔らかい表情を崩さずにただ黙って見つめていた。

「君は寄ってきてくれないのか?」
「え?」
「俺が花だとしたら、さ」

一通り話すと君は俺に寄ってくる蝶じゃないのか?と冗談みたいに笑う甘利くん。改めて他人の口から聞かされると、中々に恥ずかしい例えだったかもしれないと少し後悔する。

「……私はだって貴方が甘い蜜だけしかない花じゃないって知ってるもの」
「へえ?」
「世界には色んな花があって、中には下手に近寄れば捕食するものもあるっていうし貴方はまさにそのタイプでしょう?嫌よそんなの」
「随分な言い種だな」

ははっと空を見上げた甘利くんはなあ若宮と呟く。

「花だからってじっと待ってるだけじゃないと思うんだ」
「え?」
「種を飛ばしたり蔓を伸ばしたり……寄り付かない蝶を振り向かせる方法はいくらでもあるってことだよ」

言うと甘利くんは被っている帽子を手に取ったかと思えば、それで口元を隠すようにして私に顔を寄せてくる。何、と思ったのも束の間、気付けば眼前には目を閉じた甘利くんの端整な顔があって唇を塞がれていた。流れるように行われた一連の動作に、反応することすら不可能だった。混乱する頭の中を整理する間もなく問答無用で押し付けられた柔らかい唇は、再び流れるようにはなれていった。

「あ、あま、」
「甘い蜜みたいな味がしたかい?」
「な、な……」

何事もなかったかの様に帽子を被り直す甘利くんにやっとの思いで言葉を絞り出す。

「こっ……ここがどこだかわかってる!?」
「公園だろ?」
「皆貴方のこと見てるじゃない!い、今のだってきっと……」
「ちゃんと隠しただろ?大丈夫、見られてないさ」

ほら、と向かいのベンチに目配せする先を恐る恐る窺うと、そこにはお喋りに夢中になっている女が三人。先程甘利くんをとろりと見つめていた彼女達の今の会話の内容はわからないけれど、その様子からして確かに見られていた印象は受けない……が。

「……せめて何か一言欲しかったわ」
「いや、悪かったな。じゃあ次からは事前に知らせようか」

次とは。こんなことを繰り返されては心臓が持たない。

「そうだな、外が嫌なら今度は室内……どうせなら皆がいるときにしようか?」

……甘利くんという人は女に対して大層優しい。扱いに慣れていて、スパイという彼の本性を知っている私でさえその言動に胸を踊らせてしまうことが多々ある。それ程彼は普段から私にも柔らかく接してくれていた。
けれども時にこうして思い出す。本来ならば、口づけという甘い行為を通してこんな苦々しい気持ちになることなんてそう無い筈だけれども相手はやはり魔王の手先、いくら紳士の顔をしていてもその本質には化け物を飼っていた。

「だ、駄目!絶対に止めてよ!」

そもそも彼の言う皆とは当然あの化け物達のことで、それらを欺くなんていくら貴方でも無理よとつい良く考えもせずに口走ってしまう。

「そうか?……自信はあるけどね」

ああ……やってしまった。火に油を注いだ。彼の自負心を煽ってしまった。悪戯に笑うその表情は言葉通り自信に満ち溢れている。普段ならその精悍な顔付きに惚れ惚れしてしまうところだけれど今はただ背筋がすうっと冷めていくのを感じる。……暫くは甘利くんに近付かないことを固く、固く心に決めた。


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