波多野くんも女を落とすんだよな、なんて思ってしまったのが発端だった。貴方が誰かに甘い言葉を囁いて口付けて、抱いて鳴かせて泣かせるなんて想像できないと言ったらどうやら逆鱗に触れてしまった様だ。あからさまにむっとした表情になった波多野くんは私の首にぐるりと腕を回してお前にだってやるぞ、と今まで見たこともないような男の顔で言い放った。

「まさか……本気じゃないでしょ?」
「やるよ。お前が嫌だって言っても」

嫌だとは言わないけれど良いと言う理由もない。そもそも波多野くんだって任務や演習でもあるまいし実践する必要なんてないのだから、そんな無駄な労力をわざわざ割かなくても……なんて考えていたら首に回された腕と手のひらで後頭部をがっちりと固定される。まさかこのまま本当に、二つの唇が重なる事態が現実味を帯びてきて思わず目線を泳がすけれども、波多野くんは解放してくれるどころかその顔は次第に近付いてきている。

「……目瞑れよ」
「……瞑ったら本当にするの?」
それなら一生瞑らない、そう続けようとした言葉は波多野くんの唇に飲み込まれた。

「んっ……」

突然与えられた感触につい声が漏れる。互いに目を閉じることもなく波多野くんの顔がすぐ目の前にあって、でも逸らしたくはないと思ってしまう。それはきっと波多野くんも同じでただ意地の張り合いで見つめ合えば、普段はひたすらに気だるげだとしか捉えていなかったその目元も、こんな状況の中の至近距離では妙に色気を帯びたものに感じられてしまうのも悔しい。ぐっと波多野くんの胸を押し返そうとするけれど敵うわけもなくて、後頭部を支えている腕に余計に力が込められる。同時に唇に押し付けられる感触も力強さを増して、ついには固く閉ざしていた唇をこじ開けられてしまった。ぬるりと侵入してくる舌にこれ以上は本当にだめだと喉から必死に否定的な意を込めて唸り声を絞り出すと、ぷはっという吐息交じりの声と共に波多野くんの唇が離れた。
こみ上げてくる悔しさからつい手の甲で口元を押さえながら、精一杯に波多野くんを睨み付ける。けれどそれが却って彼を満足させてしまった様で、挑発するようにぺろりと自身の唇を舐めるその表情はますます私を屈辱的にさせた。

「ざまあみろ」

微かに震える私に追い討ちを掛けるような言葉を吐き捨て、さっさと立ち去るその後ろ姿が笑っている様にしか見えなくて、唇をぎゅっと強く噛み締めた。そんなことをしてみてもさっきまでの感触が打ち消されることなんて有り得ないのはわかっているのに。自分で噛みつけた痛みはその後すぐにどこかにいってしまったのに、波多野くんに押し付けられた柔らかな感覚はいつまでもそこに居着いていた。


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