夜の静寂の中、自室で適当に過ごしていてもがやがやと遠くに話し声が聞こえれば機関員達が帰ってきたとわかる。もうそんな時間なのかと、誰にも届かないけれどお帰りなさいとぽつり呟いて布団に潜りこみ目を閉じた。……のだけれど、それから数分と経たない内に機関員の声によって起こされた。部屋にやって来たのは甘利くんで、俺達じゃ駄目なんだ、君じゃなきゃと仰々しい台詞をはいたかと思えば自室から連れ出され気付けば暗い廊下を歩かされていた。何がどうしたのと問うといや、少しおふざけが過ぎてねと何の解答にもならない言葉が返ってきて謎は深まるばかり。とにかく頼むよ、と連れてこられたのは建物の玄関で、相変わらず全く状況を飲み込めていない私に扉の向こう側を指し示す様に言葉もなくちょいちょいと人差し指で合図する。仕方がなく言われるままにドアノブに手を掛けると、健闘を祈ると言わんばかりのウインクを一つ残して去っていった。
とりあえず手を掛けたままに両開き仕様になっている玄関の片側を開くと、丁度私が開けた反対側の段差に項垂れ腰掛けている人影──神永くんが見えた。何だこの状況、と思いながらも外に出てゆっくりと扉を閉める。神永くんは顔も上げずに何だよと不機嫌そうな声で呟くのでこっちの台詞なんだけどと返すとお前かとゆるりと顔を向けた。

「どうしたの」

神永くんの隣に腰掛けてその表情を窺うと、ぶすっとしていて明らかに虫の居所が悪いようだった。

「……別に?関係ないだろ」
「まあ……そうね」

私もそう思うけど眠りにつこうとしたところを起こされてここにいるわけで、正直何をどうすれば良いのかさっぱりわからないのだ。

「風邪引くぞ、戻れよ」
「そうねえ……」
「お前ね……」
「だって私もどうすればいいのかわからないんだもの」

素直に告げると神永くんはああそう……と力なくこぼした。いつもの明るさが全く姿を潜めていて、漸く只事ではないと悟る。

「良くないことがあった?何か失敗したとか」
「別に……」
「そんなこともあるわよ」

いくら化け物でもね、とは心の中でこっそり思う。神永くんはまた別に、と呟いたかと思えばただ今日は俺がジョーカーを引かされただけだよと漏らした。甘利くんのおふざけが過ぎた、との台詞と照らし合わせて考えると、恐らく神永くんを標的にして皆で彼を嵌めたのだ。それにしてもここまで落ち込むとは、余程の損害を被ったのだろうか。

「元気だして、ね、お金はあげられないけど」
「いらないよ……」

さっきからずっと溜め息交じりの言葉にこっちまで息をつきたくなる。とりあえずいつまでもここでこうしているわけにもいかないので、中に入りましょうと神永くんの腕に手を掛ける。けれども嫌だね、と頑なに腰を上げようとしない神永くんにやれやれと首を振った。

「もう……子供みたいに」
「ほっといてくれ」

むすっと目の前だけを見据えてこちらに目を向けようとしないその姿は本当に小さい子供が拗ねているようで、何だか妙にいじらしくて可愛らしい。果てしなくプライドの高い彼のことだからもしかしたら怒られるかもしれない、それでも背中に腕を回すのを止められなかった。予想に反して神永くんは何も言わないのでそのまま背中をさすってやると、本当に子供みたいな扱いするなよと弱々しく漏らす。じゃあどうすればいいの、と首を傾げると漸くちらと私に視線を寄越した。けれども直ぐには言葉を発せず、無防備に少しだけ口を開いたまま数秒間沈黙が流れる。その妙に色っぽい表情にぞくりと女の部分が反応するのを感じて、そこにぽつりと呟かれる言葉。

「……もっとちゃんと慰めてよ」
「ちゃんと、って」
「俺もお前も……もう子供じゃないだろ」

ああそうね、うん、子供じゃない。だけどそう言ったって、大人ならこう慰めるなんて決まっているわけでもない。だからきっと神永くんの色っぽい表情のせいなのだ。気だるげな目元に、何よりも誘うように少しだけ開かれたその口元に吸い寄せられたのだ。全部ぜんぶ物欲しそうな顔をしてみせる神永くんが悪いのだ、そう自分に言い聞かせながら、無防備を装うその口元に自分の唇を重ねた。
拒まれることなくただ静かに受け入れられた口付けから、更に深くと舌を差し入れる。ちろとその先端が神永くんのに触れたら、まるでそれが合図であったかのようにそれまで行儀良くそこにあっただけの神永くんの生暖かい舌が形勢逆転とばかりに私の舌を追い回す。そのあまりのしつこさと激しさにふ、と声を漏らしたのが気に食わなかったのか、神永くんは私の頬を両手でぐいと捉えて逃がしてくれる気など全くないみたいだった。観念した私も神永くんの首に腕を回して、それからは互いに何度も何度も角度を変えて必死に舌を絡め合った。どれくらいそうしていたのかわからないほど時間が経ったころに、漸くどちらともなく唇が離れるけど目線は合ったまま動かない。

「もう良いの……?」
「……足りないって顔してるのはお前だろ」

互いの感情を確かめるような言葉を交わしてから再び唇を重ねて、また飽きもせずにもっと、もっと深くと求め合った。


私が事の真相を聞いたのは翌日で、本人の口からではなかった。昨日の神永くんは結局何だったの、と今度はこちらが甘利くんを捕まえて問い質すと何てことはない、本当にただの“おふざけ”だった。何でも、昨日訪れた先で“たまたま”神永くんが女達に頗る持て囃されたそうだ。たくさんの女達に囲まれ気を良くしていたところ、神永くんが少し席を外した間に他のメンバーで一人残らず全ての女をかっさらったらしい。下らなすぎて言葉を失った。
けれどまあ、女の遺恨は女で晴らす、とは何と神永くんらしいことか。そうでなくとも、一晩眠ってきっとそんなことなど忘れてしまったとでもいうような顔で起きてくる神永くんを想像する。さて顔を合わせたらまず何といってやろうか。


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