目の前がぐるぐると回って皆の声が反響する。意識はあるけれど、肉体と思考が切り離されているみたいな、まるで世界が二重に見えるかのようなふわふわした心地の中にいる。

「お前はまた……飲みすぎなんだよ」

あからさまに呆れた顔でやれやれと大袈裟に態度に表す神永くんに、飲み過ぎたのもあるけど飲まされ過ぎたんだものとにっこりと笑ってみせる。あーはいはい可愛い可愛いと心にもない言葉で適当にあしらわれても気分の良さは変わらない。お酒ってすごい。

「立てよ、部屋まで連れてってやるから」
「え、嫌」
「何でだよ……」

手にしていた煙草を灰皿に押し付けて立ち上がった神永くんは、親切にも本当に部屋まで介抱してくれるつもりらしかった。けれどそれを一言で突っぱねた私の言葉にわざとらしくがっくりと項垂れてみせるいつもより動きの大きな神永くんを見ていると、貴方だって結構酔っ払っているじゃないのと反抗したくなる。

「今の神永くんと二人になるのは身の危険を感じるもの」
「はあ?おいもうそういうの良いって……」

ほら来いと掴まれた右肩の逆の、左腕──が、神永くんじゃない人物に伸びていた。

「小田切くんがいい」
「は?」
「……何だ?」

隣のテーブルでグラスを傾けていた小田切くんは急に伸びてきた私の腕に驚いて目を丸くしている。それに構わずに酔っ払っちゃったの、介抱してくれないと問うと別に構わないが……と戸惑いながらも了承してくれた。神永くんにそういうことだから、と振り返ると何なんだよと少しムッとしてるみたいだったけど、だって神永くんじゃ私色々迫っちゃうからなんて冗談めかして告げると抜かせ、と軽く流された。これでもう充分でしょう。
喧騒を抜けて廊下に出ると静かな空間にカツカツとコツコツ、それぞれ二つの靴音が響く。気分の高揚している私は鼻歌なんて歌いながら小田切くんの少し前を歩く。そんな私にその調子なら介抱なんていらなかったんじゃないか?と声がかかった。

「やだ小田切くん優しくない」
「俺が悪いのか?そもそも神永でも良かっただろう」
「神永くんと二人じゃ何されるかわからないもの」
「そうか……?」

困った様にこめかみの辺りを掻く小田切くんにそうよと笑うと笑ってるじゃないかと同じ様に笑顔を返される。小田切くんの笑った顔は優しさが滲み出るから安心する。

「神永くんだって結構酔っ払ってたと思わない?いつもだったら早く部屋に戻れで終わるもの。今日の私達じゃ流されちゃうかも知れない」
「流される?」
「雰囲気に」

後ろを歩く小田切くんにずいと身を寄せ人差し指をぴしりと立てて告げる。大袈裟に演技がかった自分の酔い具合に我ながら可笑しくて笑いそうになる。小田切くんはそんな私を体を仰け反らせながらも両腕でしっかりと支えてくれた。

「そうなのか?……俺には良くわからないが」
「でしょ、だから貴方が良いって言ったの。小田切くんならそんなものに流されたりしないでしょ」
「よく喋るな」
「ね、だから酔ってるのよ」

更に顔を近付けて見つめると確かにそうみたいだと眉を下げる小田切くん。彼の安心出来る笑顔も良いけれど、困った様な今の表情にはまた別のたまらないものがある。思わず口角が上がるのを堪えられずにいるとほらあと少しだ、と腰に腕を回され自室へ促されるように歩いた。
自室の前まで来ると小田切くんはここでいいかと私の顔を覗きこむ。少し歩いたおかげで大分気分の落ち着いた私の中に、柔らかい表情の小田切くんを見て沸々と悪戯な気持ちが沸き上がってきていた。

「ここで大丈夫、ありがとう」

言いながらじぃっと小田切くんを見つめて少し黙りこみ徐々に顔を寄せていく。そんな私の行動に小田切くんは動かなくて、次第に二人の距離はなくなっていく。少しずつ少しずつ近付けていって、あと少しで唇が触れてしまうんじゃないかというところでぴたりと動きを止めた。

「やっぱり小田切くんは流されたりしないのね」

お休みなさいと身を引いて告げようとした私の次の動きは叶わなかった。腰に回されたままの腕にぐっと力が込められ目の前が暗くなる。唇に同じ程の柔らかさのそれが押し付けられているのを認識する頃には、窓から射し込む月明かりに照らされた小田切くんの顔があって、目を閉じている彼につられて私もゆっくりそれに合わせた。数秒の後、舌を絡めることもなくお互いの唇が離れると小田切くんがゆっくりと口を開いた。

「……たまには流されることだってあるさ」

それだけちらと囁いて、お休みとも言わずまたこちらも言えずに小田切くんは進んできた廊下をひとり戻っていく。私は暫くそこに佇んで、最後に見た今まで知らなかった小田切くんの表情を思い出して不覚にも胸がどきどきと反応するのを感じていた。


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