さて。
果たして彼はどんな風に現れて、そして私はどんな顔してそれを迎えてやろうかと妙に胸を弾ませながら待ち構えていたけれど、結局、彼がこの場に姿を見せたのは、そのおかしな高揚感もすっかり落ち着いた頃だった。


「……おはようございますこと」
「?いや、遅いだろ」
「全くもって、そうね。良く眠れたの?」

各々起きてきて朝食とその後の時間を思い思いに過ごした他機関員達は最早、割烹着姿で後片付け中の一人を残して疎らに散った後だった。昨晩の“英雄”は、まさに遅れてやって来たというわけだ。

「お陰様で」
「あ、そう。それは良かった」

“英雄”神永くんは私の正面の椅子を引き腰を下ろすと、朝食代わりにもならない煙草を咥える。

「ね、ぜーんぶ、聞いたわよ」

蓋を開けてみればあまりにも下らない真相だったわけで、けれども昨日のあの状況だけでそこに辿り着くのは流石に不可能だった。結果、まんまと乗せられてしまった。

「全部、ね。なら、わかるだろ?俺、被害者ね」
「……なら私だってそうよね?」
「ん、嫌だった?そうは思えなかったけどな」
「慰めてーって、子供みたいに泣きついてきたくせに良く言う」
「悪かったよ。けど、お前じゃなきゃあんなことしないよ?」
「調子の良いこと……」

“私だったからああした”のではなく、“私しか女がいなかったからああなった”だけ。過剰な自惚れは何の得にもならない。……ああけれど、昨晩の神永くんはまさに過剰に自惚れたせいであんな姿を晒すに至ったのだと思うと、なんだ化け物と言えどまだまだ成長の余地があるということか。

「まあ、一つお勉強になって良かったわね」
「そういうこと」

早くも二本目の煙草に手を付ける神永くんは強がりでも何でもなく、軽く笑う。交わした口付けはあんなに情熱的だったのに、その原因は本当、これ以上無いほどに馬鹿馬鹿しくて。そうでなくとも散々重ねた唇が離れたあの瞬間に、この人の中ではもう綺麗さっぱり清算されたに違いない。切り換えの早さはそのまま適応力の高さに他ならないのだと、煙の奥のからりと晴れた表情を見て思った。こんな珍妙な場面で証明されてもとそう感じる反面、むしろこんな場面ですらその片鱗をちらつかせるのだから、神永くんという存在はやはり油断ならない。どんなに些細で下らない“失敗”でも糧に出来るのだから、やっぱり紛うことなく化け物なのだと──呑気に欠伸をする彼を見つめながらそんなことを考える一日の始まり。険悪とは程遠い、並の爽やかさと等しい朝の気分に浸っていることに気付いたら可笑しくてつい目を細める。するとそんな私に神永くんは「ん?」と小首を傾げて、その表情が昨夜の見事なまでのやつれぶりなどまるで嘘みたいに穏やかなものだからまた可笑しくなった。

「いえ、今日の貴方も素敵だと思って」

なんて、告げてやると。

「お前の方こそ、今日も良い女だよ」
「……ふふ。お陰様で、ね」

“被害者”同士、最上級の馴れ合いを送り合い笑い合った。


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