気まずい。
D機関が仲良しこよしの集まりでないことは充分承知しているつもりだ。けど、普段寝食を共にしていると、そこには望まずとも奇妙な絆のようなものが芽生えている……と、私は思っていた。
思っていたから──不意に気付くこともある。機関員同士であっても、そこまで親しく接してこなかった人がいることに。
波多野くんと二人きりの今のこの状況がまさにそれで、非常に──気まずい。

「……遅いわね」

無言の空間に耐えられなくなっても出てくるのは当たり障りのない言葉で、正直自分にがっかりだ。運転席に座る波多野くんを横目でちら、と確認すれば、いつものあのお決まりポーズで斜めに視線を泳がせているようだった。ああもう、潜入班はまだか。さっきから時間が経つのを遅く感じるせいで、任務が滞っているんじゃないかと余計な心配すらしてしまう。

「降りそうだな」
「え?」
「……」

少しの沈黙の後、ぱた、ぱたと雫がガラスを叩く音が車中に響いた。

「やっぱり来たか」

雨か……どんどん降ってくる雫がガラスを覆って、下に滑り落ちていく。

「……雨って好きなのよね」
「ああ、だろうな」

ほぼ無意識に呟いていた。雨が打ち付ける音に掻き消される何ともならない独り言になると──思ったのだけど。

「え」
「いつも窓開けて見てただろ。雨の時は決まってさ」

気付かれていた……のは特に驚きではない。確かに雨の日は、談笑する皆の輪を離れても窓際に座り、ひとりその音に耳を傾けている。単純に好きだからだ。ただ、それを今波多野くんに指摘されるとは。

「……よく見てるのね」
「普通だろ。多分皆知ってる」
「ああ……まあ……そうかも」
「そうだろ」

そうですね、と更に返す気にもならずまた車内を沈黙が襲う。彼のこの飄々とした雰囲気が多分私は苦手なのだ。

「なあ、若宮ってさ」
「何?」
「俺のこと好きか嫌いか、どっち?」
「……え!?」

突然何を言い出すんだこの人は。というか、今目の前にいる人物は本当に波多野くんだろうか。実は変装した三好くんじゃないのか。

「……波多野くんよね」
「誤魔化すなよ。若宮、俺に対する態度が他のやつと明らかに違うだろ」

バレている。なんだかもう色々とバレている……というより見透かされている。もはや怖い。

「怒らないから言ってみてよ」

怒らないから?それって嫌い寄りだと捉えている前提では……。

「……どちらでもない、と思う」
「うん?」
「……苦手ではあるのかもしれない」
「……ふーん」

頭の後ろで組んでいた手をいつの間にかハンドルに掛け、上半身ごともたれかかっていた波多野くんは体勢を起こしつつ。

「ま、いーや。好きな方だったらそれはそれで困るし」
「……そうね」
「だよな」
「……」

波多野くんなりの冗談なのか何なのかさっぱりわからない。返し方もわからない……。

「……俺達って会話続かないな」
「……そうね」
「合わないのかな」
「……そうかも」
「何で?」
「……わからない」
「……だよな」
「……」
「……」


しばしの沈黙の後、パシャパシャと水をはねる音が段々近付いてきていることに気付いた。顔を上げ音の方向に目をやると手で雨を避けるようにして走ってくる二人の人影を視認する。それぞれ後部座席の左右に分かれドアを開いて乗り込んできた。

「遅かったな」
「そうか?むしろ予定より早いが」

エンジンを掛ける波多野くんに小田切くんは不思議そうに答える。

「……そうだっけ?」

バツが悪そうに時間を確認する波多野くん。私もつられてそちらを見れば、確かに小田切くんの言う通りでどうやら任務は問題なく完遂された様だった。結局、波多野くんも時間の経過が遅いと感じていたのか。ある意味ぴったりみたいだ、私達。

「……早く帰りましょ」
「そうだな……」
「……」
「……」
「……何かあったのか?お前ら」

髪や服に残る雨粒を払いながら福本くんが疑問を投げ掛けてくる。何かあったか?いいえ。

「別に?」
「何もないわよ?」

波多野くんの声とほとんど重なるように答えた。ほら、やっぱりぴったりだ。


 
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